山口徹『海の生活史:半島と島の暮らし』吉川弘文館 2003 読了

海の生活誌―半島と島の暮らし (歴史文化ライブラリー)

海の生活誌―半島と島の暮らし (歴史文化ライブラリー)


海を生業の場とする人々を多面的に扱った本。ただ、「生業」という言葉が微妙に、私の感覚とずれているような。
前半は、瀬戸内海の倉橋島や房総・伊豆半島を素材に、海辺で生活する人の多様性を明らかにする。
倉橋島では、漁業は総生産高の1/3程度を占めるに過ぎず、外部から原料を移入しての酒造・造船、島内の石材販売が生産活動の中核を占めることが明らかにされる。現在の状況から瀬戸内海の島々では昔から漁業を専らとしてきたようなイメージがあるが、実際には海路を通じた販売を前提とした商工業が島の生業だった。中近世を通じて、瀬戸内海は商業・交通の大動脈だったことを思い起こせば、意外なことではないが、この地域についての具体的なイメージをあまり持たないので、新鮮であった。一度、瀬戸内海をフェリーで横断したことがあるが、当然のことながら、途中でどこかの島に停泊することもなく、なんとなく巨大な水路のようなイメージしか持ち得なかった。日本国内について、虫瞰的な視点で見、その上で過去の状況を再構成することは意外なほど難しい。
房総半島については、外房、九十九里浜の鰯地引網漁が、関西圏の商業的農業の発展に伴う干鰯需要の増大にともなって成立したこと、内房の漁業が江戸への海産物供給を前提にして発展したことが語られる。伊豆半島については、沼津市周辺の地域の海辺の村落の生業をひとつひとつ明らかにし、周辺の環境によって、意外なほど生業に差異があることが明らかにされる。
本書では、瀬戸内海・関東の商業的漁業について主に語られているが、他の地域ではどうなのか。相対的に自給自足的な漁業を営む集落はどのような特徴をもつのか、など興味が尽きない。


後半では、漁業に焦点をあて、漁業技術・漁獲物の分配・漁場の占有などについて語られる。
ミクロな視点で見ていくと、それこそ目もくらむ多様性があり、研究の空白域の巨大さと細かい技術史的研究の必要性が痛感される。
個人的に興味深かったのが、漁場の開発と占有利用券の問題。地引網漁などの大規模な漁業を展開するには、かなりの投資を必要とする漁場開発(岩を取り除くなど)が必要であること。開発にかかる資本に応じて、漁場の占有権保持の期間に長短があること。九十九里浜のような大規模な底引き網漁を展開するには、後背地に相応の人口が必要であり、設備・人件費に巨額の資本が必要とされること。
専業・大規模な漁業は、無知をさらすようだが、早い時期から意外なほど資本主義的な性格を備えていたことに驚かされる