ピアスン『ポルトガルとインド』メモ

感想:
ポルトガルグジャラートの間の相互関係から、インド(少なくとも北インド)の国家・社会の性格を描き出したもの。その限りで言えば、ポルトガルを中心的な対象としたものではない。
しかし、そこに描き出されるポルトガル海洋植民地帝国の姿は興味深い。
ポルトガルがディウ市を支配下におさめる経緯が詳細に跡付けられているが、ディウを支配する有力貴族相手に互角に戦うのが精一杯であり、最終的にディウを入手したのが、グジャラート王国とムガール帝国の対立に乗じた、外交交渉によることが明らかにされる。ポルトガル軍の最大動員兵力がせいぜい4000人程度であったことが、ポルトガルの力の限界を浮き彫りにしている。
この点、アブ・ルゴドが、ポルトガルのインド洋進出は、ポルトガルが強かったからではなく、インド洋の政治的空白に乗じたものであるとする主張を補強する。実際、ペルシャ湾岸に強力なイスラム国家が存在し、継続的にポルトガルの覇権に挑戦し続けたとしたら、ポルトガルは16世紀中に、その帝国を維持できなくなっただろうと思う。エジプトのマムルーク朝が崩壊に瀕し、オスマントルコは本質的に地中海の国家であり、インド洋に本質的利害を持たなかったこと、その他の国家が内陸国家であったこと、それらがヨーロッパ人のアジア進出を容易にしたのは確かだろう。
また、1530年代以降、それまでの征服と封鎖・貿易独占政策から、イスラム商人の貿易を規制し、それに課税する方向に政策が転換したことが説かれる。カルタス(貿易許可証)制度とカフィラ(船団)制度の記述は、初めて接するものであり、興味深い。


本書の目的は、前述のように、ポルトガルグジャラートの相互関係から、インドの国家の性格を描き出すことにある。
結論としては、インド社会は、相対的に自立した集団が並立していて、支配集団との関係は、必要最低限のものであったとしている。このような政治的特質から、ポルトガルへの国家規模の行動がなく、それによって、ポルトガル、そしてヨーロッパ人の活動が「許されて」いたとまとめる。。著者は、個々の人物の私的な政治的関係については、その存在を認めているものの、その重要性については低く評価している。しかし、この時代の政治・統治・国家的統合に関しては、制度的なものより、個人間の私的な関係が政治的により重要だったのではないだろうか。確かに、そのような私的な関係は、史料に現れにくいものであり、追求が難しいと思われるが。
私はインド史については無知であり、また本書が古いもので、その後の研究の進展を考えると(インド史ではないが、『岩波講座東南アジア史』などに見られる研究水準を考えると)、このあたりの議論は、相当変化しているだろう。


本書には詳細な文献案内が付してあり、その点でも貴重。問題点は、本書が70年代前半のものであり、それ以降の成果が反映されていないこと。やはり、ポルトガル語の文献が非常に多いこと。
やはり、この手のテーマをやるには、ポルトガル語の勉強が必須か… 


メモ:
「これらの船がポルトガルにむけて帰航の途につく際の積荷は王室のための香料(主として胡椒)、およびそれ以外でインドにいる民間商人や役人たちの所有する大量の品物であった。これらの品物の中ではグジャラート産の織物が大半を占めていた」(p.57)
グジャラート産織物の、ヨーロッパへの輸出は要調査。


文献リスト:
C.R.Boxer,Porrtuguese Society in the Tropics:The Municipal Councils OF Goa,Macao,Bahia and Luanda,1510-1800,Madison and Milwaukee.1965.
C.R.Boxer,"A Note on portuguese Reactions to the Revival of the Red Sea Spice Trade and the Rise of Atjeh,1540-1600",JSEAH 10,1969.
Eric Axelson,The Portuguese in Southeast Africa 1600-1700,Johannesburg,1960.
V.T.Gune,"An outline of the Administrative Institutions of the Portuguese Territories in India and the Growth of their Central Archives at Goa-16th to 19th Century A.D.",Studies in Indian History:Dr.A.G.Power Felicitation Volume,Bombay,1968.
John Irwin and P.R.Schwartz,Studies in Indo-European Textile History,Ahmadabad,1966.