[読書]服部英雄『武士と荘園支配』読了

武士と荘園支配 (日本史リブレット)

武士と荘園支配 (日本史リブレット)


非常におもしろかった。
裁判史料に残された武士の利権をもとに、山野河海の資源支配、市場や港を通じた流通支配、被差別民との関係、水田からの収益の4つの視点から、武士と社会の関わりを描いている。
興味深いのが、武士を山の民、川の民、海の民とする見方。武芸の淵源は狩猟技術であり、「武士は元来、狩人に始まったといえる」という観点は、初めて遭遇もので、実に新鮮に感じる。武士とは、武芸を職能にする「職人」であるという見方は、これまでも何度か目にしてきたが。


第一章では、材木・灰などの森林資源、簗などの漁業設備、狩猟場の支配が、具体例に即して明らかにされる。
第二章では、市場の支配・港津の支配、流通ルートの掌握について語られる。市場の治安維持(平和の維持)を介した市場支配、港湾の支配と水手・梶取の掌握を通じた海上支配は、単純な農場経営者の枠を越えて、地域全体に影響を及ぼす重要な手段になっただろう。

和市(注:相場のこと)を随意に変更すれば、市場が混乱する。恣意的な操作は市場の衰退につながった。(p.42)

の行は、市場論に関連して、ちょっと興味を引いた。それ系統の知識はだいぶ抜けているが…


第三章は、「河原の者」などの被差別民との関係について。
武士自身が、殺生を生業とするため、ケガレとかかわりが深く、賎視される存在であった。そのため、河原の者などの賎視される人々との関係が深かった。この章では、犬追物の興行を具体例に、武士と河原の者の密接な関係を明らかにしている。
また、河原の者自身が、強力な武力を保持し、市場や祭礼の警固・支配を行っていたことが明らかにされる。


普通なら最初に来るはずの佃の問題が、最後に回され、かつ割かれたページ数が少ないのが、本書の特徴のひとつだろう。
確かに、一番いい田圃を確保している武士は、農業経営からの収益も無視できないものであっただろう。
また、中世の水田は旱魃に弱く、10日の日照りで旱魃の危機に陥ったこと。飢饉に陥りやすかったことが強調されているが、飢饉という現象は流通も含むかなり複雑な現象であり、また、畑作物など各種の備荒作物が準備されていたはずで、水田の問題だけから農業生産の不安定性を強調するのはどうだろうか。
あと、直営田への労働奉仕に関して、

強制労働ではあるが、地頭や近世庄屋の田での田植えに、農民は抵抗感なく参加することが多かった。

この問題は、村落祭祀や領主と村民の贈与互酬の観点からみることが、理解の助けになるのではないか。


本書は、私の目からすれば、斬新な本であった。一般的な通説・学会での議論のなかでどう位置付けられるかが、少々気になるが、非常におもしろい。
値段も安いことだし、自分で買っても損はないだろう。
ところで、まとめの部分に、

中世武士団の一族の結束には、こうした全国規模の分業・流通、通信網の成立・整備が背景にあったと考える。それゆえに武力をもつ全国規模の「総合商社」として、あらゆる利権に介入し、掌握することができたのではないか。

とあるが、なんか「総合商社」というよりは、暴力団という感じがする。
さらにもっと、現代の暴力団・ヤクザとのつながりを感じさせるのが、独自の武力をもち、市場や祭礼の警固を行う河原の者である。このあたりの歴史的な展開については、研究があるのだろうけど。