ロバート・S・ロペス『中世の商業革命』

中世の商業革命―ヨーロッパ950‐1350 (りぶらりあ選書)

中世の商業革命―ヨーロッパ950‐1350 (りぶらりあ選書)

 名著の翻訳。あちこちで引用されるような本なので、翻訳されたのは喜ばしい。
 しかし、いかんせん内容が古い。原著が1976年刊行なので、90年代には翻訳されて欲しかった本。まあ、世の中そんな本がごろごろしているのだけれど。
 問題は、前近代の社会に近代経済学の手法を取り入れる手法そのものにあると思う。特に、ローマ時代を、投資や余剰生産物、利潤と言った概念で分析するのは、完全に的外れだろう。かなり後々まで、経済活動は市場での利潤を目的としたものではなかった(場所によっては現在も)。生存と社会秩序あるいは身分制的秩序の維持が優越していた。『縄文時代の商人』という本に、「余剰があるから交換するのではない、交換するために生産をする」というようなくだりがあったが(カッコ内は不正確、現物を引っ張り出すのが難しいので)、その通りで、近世あたりまでは「権力財」といった概念をより考慮すべきだろう。むしろ、文化人類学の成果を取り入れるほうが生産的なように思われる。
 また、封建的な農村と対立する都市、同業組合、奢侈品貿易の地中海と日用品貿易のバルト海の対照といった部分も古さを感じさせる。近年では、都市の地域的な性格が重視されるようになっているし、同業組合は経済的機能よりも、むしろ宗教的・相互扶助的な機能が重視されるようになっている。地中海とバルト海についても、このような対照は成立せず、地中海でも日常品の貿易が重視される一方、バルト海方面でも毛皮などの奢侈品貿易が認識されているように思われる。
 訳者のように教科書として使うなら広い範囲で目配りされているし使えなくもない(最近は地域的な研究が進んで、このような総合がやりにくくなっているし)が、少なくとも私にとってはそれほど使えそうな文献ではない。この本は図書館から借りて読んだが、まあ買う必要はないか。