「光が見える:地方再生への助走42:LRT(次世代型路面電車):中心部活性化高齢者も街へ」『熊日新聞』2007.12.10、5面

 富山市LRT導入について。人口減少・超高齢化社会への対応とスプロール化による行政コストへの対処。日本海側のような降雪地域では、除雪の費用が結構大きなものになるのだな。
 これによって車を運転できない高齢者が外に出るようになったり、少数ながら中心部の人口増につながっているそうだ。
 先にメモしたザックスの『自動車への愛』において、自動車社会が自動車利用者にとっては便利になる一方、自動車を利用しない人間に対しては非常に不便になる不公平な状況がおきることが指摘されている。これに対するひとつの回答ではある。よく考えると、近代都市は公共交通機関、通勤鉄道・地下鉄によってそれ以前には不可能であった規模拡大が可能になった。それに対し、自動車は都市に対する遠心力として作用する。これは規模が小さい都市ほど影響する。都市の再生策として、公共交通機関の再生というのは、ある意味当然の施策なのかもしれないな。当面は赤字に苦しむというのが、問題なのだろうが…

「おそらく当初は赤字になるでしょう」
 明治以来、日本の公共交通は事業単体で黒字を求められてきた。「その常識を覆し、“最初から赤字、でも絶対に必要なんだ”と森は信念をもって話しかけた。

「自動車があれば非常に便利な所です。これまではそれでよかった。おじいちゃんが元気なうちはまだいいけれど、でもおばあちゃんが一人暮らしになったら、買い物も行けなくなってしまう」

何より特徴的なのは六十代以上の乗客が平日で三・五倍、休日では七・四倍にもなっていることだ。
 「今まで家にいた高齢者が動き出したのです。これは今後、元気な高齢者が多くなるという意味でもあります」

 欧米ではLRT(次世代型路面電車)導入で中心部が活性化した街が少なくない。
 市民の多くが郊外へ買い物に行っていたフランスのストラスブールの市街地にLRTを導入する際、道路を規制するので、さらに客が減るとの反対が商店街にあった。だが一九九四年にLRTを導入すると、商店街に客が戻ってきた。
……
 これらの都市はLRTを街のインフラと考え、街づくりの手段としてとらえているのが特徴。公設民営で開業した富山市堺市の例は、この延長上にある。
……
路面電車ルネッサンス」(新潮新書)の著者・宇都宮浄人(四六)は「路面電車は水平に走るエレベーターです。エレベーターに乗っても、そのエレベーターが、赤字か黒字か考えないように、公共交通は都市のインフラだと考えるべき時代です」と話している。

そう言えば、昔のSFに出てくる「走路」の類は結局路面電車に勝てなかったのな。