山本博文『江戸城の宮廷政治:熊本藩細川忠興・忠利父子の往復書状』

江戸城の宮廷政治 (講談社学術文庫)

江戸城の宮廷政治 (講談社学術文庫)

 永青文庫所蔵の細川忠興・忠利の往復書状をもとに、江戸時代の「宮廷社会」を描いた作品。著者は、東京大学史料編纂所でこの往復書簡の翻刻の一部を担当している。このため、がっつりと読み込まれていて、それだけ生き生きと描かれている。
 幕府に近いとはいえ、外様大名である細川家が生き残るために、幕府の要人との人間関係を重視し、情報収集に努力したこと。政界の変転の中でどう生き残るか。節目節目の決断、噂の問題など非常に興味深い。いかにして細川家が生き残ったかを知ることができる。
 個人的な関心からすれば、ノルベルト・エリアスの『宮廷社会』の影響をうけて、江戸幕府を「宮廷社会」と規定していること、そして、それが「学術文庫版あとがき」ではトーンダウンしていることが興味深い。確かに、江戸の宮廷とフランスの宮廷では、それなりの差があるのは確かだろう。しかし、「学術文庫版あとがき」で開陳されている違いというのは、利用した史料、あるいは視点の差なのではないか。本書では、外様大名に焦点を合わせている。著者のフランス宮廷の認識は、むしろ幕府内の社会、老中や小姓などと比較すべき部分なのではないか。


 本書を読んでいて思い出したのが、大石慎三郎の『将軍と側用人の政治』(ISBN:4061492578)。この本では、「柔構造と剛構造」や「現実直視の政治」といったキーワードが出てくる。しかし、『江戸城の宮廷政治』で著者は、老中の権力の源泉は将軍の信任であると指摘する(p.105)。側用人についても、この「将軍の信任」、個人的関係という視点から考えることができそうに思う。5代綱吉、8代吉宗ともに、幕府外からパラシュート降下で将軍になっている。彼らが老中以下の幕閣をどこまで信用できたか。それが側用人政治を生んだのではないか。そんなことを考えた。