三浦徹『イスラームの都市世界』

イスラームの都市世界 (世界史リブレット)

イスラームの都市世界 (世界史リブレット)

 4冊借りた山川のリブレットの三冊目。
 イスラーム世界、特にダマスクス・カイロを中心としたイスラムの都市生活の特徴を簡潔にまとめたもの。中近東の都市の来歴、施設や集落配置などの空間構成、人のネットワークを中心とする社会生と秩序。オスマン帝国の租税台帳からすると、それほどヨーロッパと同程度の都市住民比率なのが興味深い。
 個人的には、社会的ネットワークや都市の秩序の章が面白かった。閉鎖的な街区で培われる地縁や親族関係、師弟関係などを通じた「近しさのネットワーク」が人間関係の中核だったこと、行政システムが個人的な権限によって行なわれ公的な官僚・行政システムが創出されなかったこと。それゆえ、コネが重要だったこと。これがイスラム世界の特質で、かつ限界でもあったのだろうなと思う。このような流動的な社会であったからこそ、イスラーム法で私有権と契約の原理が重視されたのだろう。相対的に固定的・団体主義的なヨーロッパや日本では、別の法システムが形成された。
 本書の最後に、

 中東・イスラーム世界は、十九世紀以降、ヨーロッパ勢力が政治的にも経済的にも進出するなかで、主権国家と資本主義という組織化・制度化された力を思いしらされることとなった。しかし、現在でもなお、個々人のネットワークが、経済と政治の両面で大きな力をもち。欧米の政治・軍事技術を取り入れることによって強化された中東の国家にたいし、その制度を空洞化させたり、喰い破ったりすることがある。これを、ふたたび「無秩序」とみるのか、「人びとの秩序」として再生する道を見出すことができるか、一つの岐路に立っている。今日、日本を含めた欧米型の国家では、肥大化した国家の規制が緩和されるとともに、個人はその保護を失い、市場社会のただなかに投げ出されようとしている。イスラームの都市世界のゆくえは、われわれの未来と無縁ではない。p.88

と結ばれている。しかし、私自身は、イスラムのこのネットワークを主体とした非制度的な社会システムには、限界があると思う。それでは、多数の人間を組織する巨大企業は運営しにくいし、核システムを含む強大な軍事力を保持するには不安定に過ぎるのではないかと思う。それは団体主義的に構築されたものであろうし。