李有師「ニッポン観光:瀬戸内海の多島美を生かせ」『朝日新聞』10/2/25

 東の富士と西の瀬戸内はニッポン観光の双璧だと私は思っているが、その現実には雲泥の差がある。遠望できて新幹線の車中からも楽しめる富士山にくらべ、世界屈指の多島美が魅力の瀬戸内海は、その全容を楽しみつつ船で巡る機会がほとんどない。大阪-九州間の航路便が物流中心の大型フェリーに替わり、すべてが夜行便になり、多様な文化をもつ島々の景色は闇に包まれている。
 鳩山由紀夫首相は、先の施政方針演説で、訪日外国人旅行者数の目標を3千万人(2008年実績の4倍弱)とした。だが、その根拠となる政策があいまいだ。たとえば観光庁は外国人に「日本の旅」を楽しんでいただくためといって、富士山や東京タワーや東京湾岸などが際立つポスターをつくり、大阪の私鉄車内などにも掲示した。これでは単に東京の宣伝ではないか。
 この国の観光政策は、46年前に開通した東海道新幹線のルート上にのみ存在し、進歩がない。東京に降り立ち、首都や日光・箱根・富士山あたりを楽しみ、新幹線で京都に移動して宿泊。そのうち何%かが姫路城や広島に向かうが、大半はまた東京に引き返し、最後に東京で買物をして帰国する。年間800万人の訪日外国人旅行者の正体は、ほぼこの類型であり、国土の5分の1にも満たないエリアに旅客を集中させてきたのである。
 観光庁の設置にあたって重要視されたのは、「地方再生の切り札としての観光政策」ではなかったか。人口減少が著しい地方都市にあって、地方オリジナルの生活文化や歴史を生かして交流人口を増やすという、地域と持続可能な観光施策の一体化がうたわれていた。だが、いま目の前にあるのは、羽田の滑走路4本化や成田との併用、新東京タワーの完成などを見込んで、手早く数字を稼げる東京一極集中型の観光政策をさらに加速させようという動きだ。数値目標だけが独り歩きして、地方をさらに疲弊させる危険性が高い。
 持続可能な政策的根拠のない過激な数値目標は、一時的に金銭が手に入ったとしても、地域の生活をかくじつに壊す。瀬戸内海では、本四架橋の「国家的プロジェクト」に踊った結果、宝の島は「物流道路」になりさがった。見られる、魅せられる宝の海を蘇らせようではないか。たとえば、大阪から数十?ごとに淡路島-小豆島-塩飽諸島-芸予諸島-広島・松山-防予諸島を巡って大分・別府へ。行き来は自由の「海の八十八ヵ所巡り」だ。余っている船を活用すれば、中高年層や訪日外国人からも支持されるはずだ。道路を安くするだけが政策ではない。「観光社会実験」本格的な地方再生に乗り出すべきだ。
 私が大阪の町の真ん中でペンションを開業した16年前、「大阪なんかに観光客は来ない」と酷評された。だが、いまでは、「東京や京都以外のニッポンも知りたい」という多様な外国人が増えていることを肌で感じている。



東京一極集中型の観光政策への批判と、瀬戸内海クルーズの提案。
 リーマンショック以前では、韓国・中国から九州への旅行者が多数来ていたことが、どう位置付けられるのか。それこそ、一時期、熊本城なんか韓国人と中国人が目立ちまくっていたし。ただ、東海道新幹線沿いの宣伝が目立っているのは確かかもしれないが。
 しかし、瀬戸内海クルーズってなかなか楽しそうだな。快適に乗れる船で、それこそ何日かかけて多島海と港町をゆったりと巡るのは、なかなか楽しそうだ。瀬戸内海沿岸は、自然/人文景観、古い港町から、近代の産業遺産、さらに現在絶賛活動中のコンビナート、大都市といろいろな位相が見られるし、多様に楽しめるのではないか。昨年の夏に別府に滞在したが、その時にフェリーで四国の八幡浜まで出かけた。あのときの経験を思い返すに、瀬戸内海の航海は、なかなか楽しめるのではないかと感じる。