鈴木淳『明治の機械工業:その生成と展開』

 明治時代の日本の工業化を、市場と担い手の観点から分析する。明治の前半、日本の機械工業は、外国製機械を大規模に導入した移植産業(造船・鉄道・大規模機械紡績など)と在来の技術に改良を加えた地方中小機械工業にかなり明確に分化する。官営工場を起源とする工業では、全機械の自給を目指すが挫折。輸入機械の修理と比較的簡単な機械の自製を行う。一方では、地場の産業の規模・技術に適した、熟練工による在来技術の改良による機械工業が発展をみる。長野県の製糸工場では繭を煮るためのボイラーが導入されるが、これは在来の鋳物の技術を利用したボイラー、そして鉄工による低圧ボイラーが地元で生産され、供給されるようになる。安価で、技術的には安い機械が各地で機械普及を担う。この流れは、日露戦争後の時期に、小規模経営が発展することによって、中間の市場が生まれ、連接することになる。この時期に、互換性生産などの、技術者を利用した工業が普及してくる。
 また、本書では、担い手、特に熟練工の問題に注目している。高等教育をうけた技術者に関しては、研究の蓄積があるためだろう。特に、第一章では幕末に各藩が展開した小銃生産によって金属加工の熟練工が多数養成され、それが廃藩後、多数労働市場に放出されたことを指摘する。また、日露戦争後にも、軍需によって膨張した設備・熟練工が市場に放出されたことを指摘。二度の過剰な熟練工の養成の影響が興味深い。
 本書では、織物の機械を中心に多数の人名・企業名が出てくる。また、特に織物に関しては、素材や品種によって、相当複雑に分かれるので、そのあたりを把握するのが難しい(中世ヨーロッパの毛織物でも細かくやると死ねる)。結局、細かいディテールの点では、あまり理解できなかった。そのあたりは、今後の課題。今回は通読で精一杯だった。図書館で借りたが、買ってもいいかも。あと、索引が付けてあるのが素晴らしい。読んでいる途中でも、たびたび使った。


 あとがきに、

 筆者の最初の関心は昭和戦時期の兵器製造の限界にあった。その由来を追求するうち、日本における機械工業の歩み全体へと関心が広がっていった。

 同じく伊藤隆先生は戦史をやると称して学部ゼミに入った学生があらぬ方向に転進して行くのを終始好意的に見守り、

とあるのが面白い。軍事マニアは、行くところまで行くと、生産や補給といったところに行きつくそうだが、この著者はまたすごい所まで行ったなと。ちょっと、にやりとした。