村井吉敬『エビと日本人2:暮らしのなかのグローバル化』

エビと日本人〈2〉暮らしのなかのグローバル化 (岩波新書)

エビと日本人〈2〉暮らしのなかのグローバル化 (岩波新書)

 『エビと日本人』(ISBN:4004300207)から、20年たって、エビをめぐる世界がどのように変動したのかを追った本。全体的に養殖について視点が集中している。天然エビの漁獲も伸びているのだが、そのあたりはあまり言及されていない。例えば、インドネシアのエビトロール漁が、長期的に資源や環境に対してどのような影響を与えたのかなどは、興味深い問題だと思うが。
 内容は、第一章は、インド洋大津波とジャワの熱泥噴出とエビ養殖を中心とした環境の破壊の関連を説く、導入部。第二章、第三章はエビの養殖をめぐる話。養殖品種の変遷、マングローブの破壊、日本・台湾・タイなどの養殖地の探訪など。台湾の超高密度の集約的養殖がウイルス病によって崩壊した状況や、その技術が世界各地に拡散している状況が興味深い。また、集約的エビ養殖を「青の革命」として、「緑の革命」と比較し、その持続性について疑問を呈しているのは卓見だと思う。
 第四章は、前著からのエビの流通の変動。日本では92年をピークにエビの消費量が減少傾向にあり、アメリカや中国の輸入が躍進しているという。また、日本のエビ消費の特徴としては、日本の家庭のエビ食が「プア」であるという。フライとてんぷらに料理が集中していて、その手間が嫌われるため家庭での購入量が激減している。その一方で、加工までアジアに委ね、フライやてんぷらの加工品の輸入が伸びている状況とその加工現場の取材が掲載される。確かに、揚げ物以外の食べ方ってあまりしないし、加工済みの冷凍食品はよく使うなあ。あと、依然として、収入によってエビの消費量に格差がある状況が指摘される。
 フェア・トレードをつまに、国際流通についての問題点について。集約的な養殖の環境への負荷、安全性への疑念、労働条件の格差などについて議論。このあたりは明快に議論できるものではなく、本書でもはっきりしない議論になっているが、ここはその方が誠実ではあるなと思う。輸入食品による日本の食生活の贅沢化や東ジャワ・シドアルジョの比較的伝統的な色彩を残すエビ養殖の状況からの思ったことなど。
 「顔の見える関係」へとあるが、そもそも国内流通でも、生産者の「顔」が見えていたかは疑問。確かに、スーパーで食品を買うというのには無機的な感覚があるが、それ以前の八百屋さんや魚屋さんにしても、見えていたのは小売の商店主までであったのではないだろうか。そもそも、「顔が見えない」ことが、歴史的に見て「市場流通の意義」だったともいえるのだし。フェア・トレードということ自体にはそれほど異存があるわけではないが…
 以下、メモ:

 スーパーなどで見るエビが何の種類なのか、あまり気にせず買う人も多いのではないだろうか。もちろん大きさや形、見栄えなどは気にするかもしれない。ブラックタイガークルマエビ、甘エビ、大正エビ、芝エビなどのような「有名エビ」くらいなら多くの人は知っているだろう。そこに新たに登場しつつあるのがバナメイというエビだ。何軒かのスーパーやデパート地下の食品売り場を見て回れば、おそらくバナメイに出会うはずだ。バナメイと書かれていなくとも、白エビあるいはホワイトエビなどと表示されて売られている。バナメイの登場はエビの世界ではかなり大きな事件なのである。
 『日本経済新聞』は、2007年2月8日付に「冷凍エビ 主力品交代か ブラックタイガー>バナメイ 年内にも輸入量逆転」と大きな記事を載せている。そこにはつぎのように書かれている。
 「国内の冷凍エビ市場で年内にも主力品種が交代する可能性が高まっている。1980年代後半から輸入冷凍エビの代名詞だった「ブラックタイガー」に代わり、新品種「バナメイ」の輸入が急増してきたためだ」p.37-8

 普段、エビの品種は気にしないなあ。今度鮮魚売り場に行ったら、ちょっと気をつけてみよう。南米産のバナメイが、急速に養殖エビの世界を席巻した状況と、その背後の台湾の技術ネットワークについては本書内のあちこちで言及されている。

食べ方がプアな日本人
 先のニッスイのエビ担当(水産事業部水産三課)高田俊道さんから日本人のエビ食について聞いた話が印象に残っている。


「家庭内でのエビ消費が激減しています。……日本人って結構エビを食べているんですが、その食べ方がプア(poor)なんですね。結局、家庭で食べるのはエビフライとエビのてんぷら、これがほとんどなんです。核家族化が進んで、子どもも一人かゼロという中で、油料理を奥さんがやらないんですね。油料理は、今、メタボだ何だって、ちょっとヘルシーな感じがしないのと、親父も嫌がる。子どもはエビフライが好きなんですが、子どもは一人かゼロでしょ。油を使っても、その油をどこに捨てるかという問題もあるし。ともかく家庭内での油料理がものすごく減ってる。当社も冷凍食品はイカのてんぷらとかエビフライなんか、昔は家庭で調理してくださいよと言ってききましたが今は売れません。調理済みのものを、電子レンジでチンになってしまってます。なんでアメリカが伸びてるのかと言えば、食べ方が日本よりもっと豊かだからでしょう。蒸して殻むいてむしゃむしゃ食べるとか、フライパンでバターとガーリックを使って炒める、エスニック調にして辛くするとか、いろいろあります。家庭内のフライパン料理がアメリカ、ヨーロッパは多いんですね。日本はエビ料理というとあくまでもフライか天ぷら、これしかないんです。あとはせいぜいチャーハンとか野菜炒めに入れるくらいでしょ。いまエビの家庭内消費は全体の四割くらいで激減です。日本のエビの将来は残念ながら明るくありません。値段で売れるかどうかになっています。味は関係ないんですね。美味しいかどうか、あまり区別がつかなくなっています。エビに限らず日本の食文化って残念ながらプアになってきてますね」p.136-7

 そうだろうな。揚げ物以外はぱっと思いつかない。一人暮らしだと揚げ物とか油の処理がめんどくさくてやらないしな。あと、生鮮食品の見分け方っていうのは、確かに身に付かないよなあ。

 この『バナナと日本人』が発刊されてからしばらく経った1980年代中頃、「サトウキビの島ネグロス島が飢えている、日本にいちばん近い飢えの島」、こんなニュースが伝わってきた。エチオピアからも飢えのニュースが伝わってきていた。日本人が土地投機や株の売買に狂奔し始めた頃のことだ。フィリピン中部のネグロス島はサトウキビの島である。島の西半分は大地主の支配するサトウキビ農園が一面に広がっている。南のミンダナオ島ではバナナ、パイナップルなどを生産し、輸出している。緑豊かな南の島でなぜ飢えが生じたのだろう。
 ネグロス島西部の住民の大半はサトウキビ農園の労働者だ。人口のたった2%にすぎない地主が90%もの土地を支配し、サトウキビ農園を長い間経営してきた。サトウキビからつくられる砂糖の輸出で収入を得てきたのである。しかし砂糖の国際価格が1980年代になって暴落した。サトウキビ農園主は、サトウキビの生産を中止してしまった。こうなるとその農園で働いていた労働者は職を失い、食べることができなくなる。ネグロス島では、住民が食べるための作物をろくに栽培してこなかった。農園労働者はたちまち飢えてしまった。特に子どもたちの被害が大きかった。国際貿易ばかりに依存した経済や農業のあり方が問題だということが分かってきた。p.166

 モノカルチャー経済の脆弱性。地主のポイ捨ても酷いな。


 マングローブの破壊関係で紹介されていたサイト:インターネット・マングローブ大学開校記念:特別講義?「マングローブは何故減少したのか」
「マングローブ植林大作戦」のページ内。マングローブ関係の情報いろいろ。