八杉佳穂『チョコレートの文化誌』

チョコレートの文化誌

チョコレートの文化誌

 中米の先住民が、スペイン人の征服以前あるいは征服直後に、どのようにカカオを利用していたのかを中心に、カカオ(チョコレート)の歴史を描く。情報源としては、16-17世紀に、スペイン人あるいはその影響を受けた先住民によって書かれた記録類を中心に、中米先住民の考古資料、他のヨーロッパ人の見聞記録、20世紀に入ってからの人類学的観察などが利用されている。興味深いと言えば、興味深いのだが、なんというかかっちりと作られ過ぎで単調な感じ。中盤以降読むのがつらくなってくる。あと、本書で引用された文献の大半が、国立民族学博物館所蔵というのがすごい。主にスペインのコンキスタドールや征服者の記録が大量に集積されているようだ。私はスペイン語はサッパリなので、知っていても意味がないが… 民族学博物館のOPACを見ると、結構な量のハクルート・ソサエティ関係の本が所蔵されている模様。いいなあ…
 本書は、11章構成。9章までが、中米での利用に関してで、飲み物としてのカカオ、貨幣・交易品としてのカカオ、カカオを使用した儀礼、薬としてのカカオ、カカオの語源などが扱われる。著者は、中米先住民の言語が専門だそうで、語源などはそのあたりから議論されている。10、11章は16世紀以後の展開。カカオ飲料の普及と生産地の拡散、各国でのチョコレートの利用などについて扱っている。中米に集中しているのが、非常に独特な本。
 以下、カカオ関連のエピソードを中心にメモ:

 トラルカカワトルとは土のカカオという意味で、実は南京豆である。南京豆がカカオと同じ種類とは驚くが、カカオと同じように飲み物として扱うと、結構いけるそうである。p.22

エエエエエエエエエエエエエエエ(゜д゜)エエエエエエエエエエエエエエエ

 カカオは高貴な人々や戦士の飲物であった。スペイン人による征服当時は冷たい飲物か、なまぬるい飲物であった。カカオの豆は乾燥させて、炒られ、挽かれ、練り粉にされる。それから水を加え、どろどろにする。それにトウモロコシの粉やトウガラシ、アチョテ(食紅)などが加えられた。トウモロコシは嵩を増すため、トウガラシは辛味と香りを加えるため、アチョテは赤色にするためであった。
 これらの添加物を入れるのが征服当時のカカオの飲み方であった。だからヨーロッパ人がこれらの混ぜ物を最初に見たとき、吐き気を催すものであったというのもうなずける。ベンツォニがこの不快な飲物を「人間でなく豚に適したもの」と記述していることはすでに触れたが、ヨーロッパの人の口に合わないものであった。そのため征服初期は、インディヘナの飲み物でしかなかった。p.55

 うーむ、どんな飲物だったのやら… いや、ヨーロッパ人の舌だってほめられたものではないような気がするが。どちらかというと、お粥っぽい雰囲気ではあるわな。

もちろん、実を直接食べる場合もあった。
「実が熟してきたら、木から採ってそのまますぐに食べてもよく、味はいい。また日に干してから食べてもよい。ただし、この場合は一度に何粒も食べず、またそう頻繁に食べることもない」。
「カカオは豆を炒るのと同じように炒って食べる。それはとてもおいしい」。p.61

 油脂が豊富らしいし、意外と美味しいのかも。

「首長たちや勇敢な人や貴族などしか飲めなかった。たいへん高く、ひじょうに少なかったから。一般人がカカオを飲むと、許可なく飲むと命にかかわった。このため血の価、心臓の価といわれる」。
 カカオの飲物が血や心臓とたとえられるのは、おそらく、カカオの実が心臓の形に似ていること関係あろう。その飲物は高価であり、また栄養価が高いものであることも大いに関係するにつがいない。もう一つ、食紅の一種であるアチョテを入れることから、血の赤により一層近づけたと思われる。蜂蜜のようにおいしくなるものではなく、トウガラシを入れることも、血に関係するのではないだろうか。こうしたことからみて、血を飲む代わりにチョコラテを飲んだにちがいない。16世紀にスペイン人がやってきたときには、もうそのことは忘れられていたと思われるが、カカオを血、心臓にたとえるところに、昔の記憶が残っているとみてよいのではないだろうか。p.63

 非常に呪術的な性格のものであったのだろうか。

 1537年にはメキシコに造幣所が設けられたが、レアルの贋金は1537年にすでにみいられたという。もちろんカカオもお金であるから、偽カカオもあった。

…………

 チョコレートの飲物は、スペインでは1580年代に一般化し始めるが、これはチョコレートを熱くして飲むようになる時期と同じであり、どうもホットチョコレートと関係が深いように思われる。チョコラテ(チョコレート)という語が生まれたのもこの時期のようで、チョコレート)の語源を探る手掛かりとなりそうである。p.177

 この時期にホットチョコレートが出現と… そう言えば、ヨーロッパ人はこの系統の飲物には、なんでも砂糖を入れるな。茶にコーヒーにチョコレート。緑茶に砂糖はあんまりだと思う、私東洋人。

チョコレートがヨーロッパにもたらされ、広がったのは、キリスト教の聖職者たちによるところが大きい。聖職者の間ではよくチョコレートが飲まれるようになり、断食の時にもホットチョコレートを飲んで、空腹を癒す習慣が広がった。そのため、チョコレートは食べ物か、それとも水と同じ飲物かという論争がおこった。断食のときに飲んでいいのかいけないのかという論争は長い間続いた。p.178

 まあ、般若湯を呑んでいた日本の坊さんよりはマシかもな。世界観と新しい商品の相克というのがおもしろい。

 はじめの頃は、カカオはその医学的な特性のみ強調されたようである。先に引用したアコスタも触れているが、ワズワースによると、次のように、まさに万能薬の感がある。
「カカオの賢明なほどよい使用により、健康は維持され、病気は払われ、治る。特に消化器疾患、一般大衆に新しい病気と呼ばれた赤痢、さまざまな絶望的な病気をともなった肺病。それによって妊娠も起こる。誕生が早まり、容易になる。美しさが得られ、保たれる」。p.181

 コーヒーはよく知らないが、茶に関しても最初は薬として紹介されたんだよな(→『英国紅茶論争』ISBN:4062580845)。砂糖も中世には薬屋で売られていたというし。しかし、ここまで来ると誇大宣伝だと思うw