「共生」を批判する: 「国体」「皇国史観」って過去の遺物なんでしょうか。

http://anti-kyosei.blogspot.com/2011/02/blog-post_04.html

「国体論がその時々の状況に合わせて都合のよいように変質している」

そうだったのか、戦後の日本社会というのは植民地を失くし、日本国統合の「象徴」となった天皇制を柱とする体制をそのまま残し、今の状況に都合よく変質した「国体」だったのか。そう考えると憲法一条の「天皇は、日本国の象徴であり日本国統合の象徴であって、この地位は、主権の存在する日本国民の総意に基く」はなんともやりきれないものに見えます。はやりこの国は、外国人を「二級市民」として受け入れながら、日本人によって成り立つということを全ての前提にしているのです。

 メモ。実際、戦時中の体制と戦後の体制は、たいして変わっていないように見えるからなあ。思想的な継続性は根強かったのかも。
 しかし、外国人を「二級市民」としない社会というのも具体的には想像しがたいなあ。移民に伴う摩擦と対立は不可避なわけで。