山下文男『津波てんでんこ:近代日本の津波史』

津波てんでんこ―近代日本の津波史

津波てんでんこ―近代日本の津波史

 近代に入ってから起きた8つの津波災害を採り上げ、どのようなことが起き、どのような被害をもたらしたかを解説している。明治三陸津波(1896)、関東大震災(1923)、昭和三陸津波(1933)、東南海地震(1944)、南海地震(1946)、チリ津波(1960)、日本海中部地震(1983)、北海道南西沖地震(1993)が取り上げられている。それぞれが、独特の性格を持っている。日本に津波から安全な場所はないというのが、正直な印象。
 しかし、南海・東南海地震津波も恐ろしい。南海地震では、数分ぐらいの時間で高知や和歌山南部に押し寄せる可能性もあるそうで、揺れ始めた時点で逃げ出さないと間に合わないだろうなというレベル。
 あと、関東大震災だと東京の火災による被害が主に語られるが、海岸地域での津波被害・土砂被害もかなりのレベルであったことが指摘される。無視されがちな事実だが、無視してはいけない被害。

 死者数が示すように、中でも岩手県の被害は壊滅的で、全半壊流失を合わせて約6000戸のうち、一人の生き残りもない全滅戸数が728戸に上るなど、被災地人口の23.9%に当る1万8158人が溺死する大惨事になった。そのため岩手県では、元の人口を回復するのにその後20年以上もの歳月を要している。p.28

 日本の津波でいえば、三陸津波や東南海、南海津波のことはよく語られるが、例えば、1771(明和8)年3月10日の明け方に、沖縄、八重山群島を襲った「八重山地震津波」というのもある。M=7.7で震害はなかったが、古文書によると石垣島では波高85.4m、最近の研究でも30mを超す大津波によって島の40%が津波に洗われ、石垣島だけでも人口2万8000のうち、8400人余が死亡したとある。ほとんど全滅の村も数村を数えており、仲与銘村の如きは村民283人が一人も残らずに死亡したといわれる。そのため石垣島では、飢餓や疫病が相次いだこともあって、元の人口を回復するのに約150年を要している。p.213

 大津波の被害が人口に与える影響。現状では、少子高齢化が進んでいることもあり、三陸地域の人口が回復するかどうかすら危ぶまれる。

 全村、無数の建物は影だに止めず、1600余の住民は生きながらにして地獄に落とされ、生存者はわずかに183人に過ぎない。しかもそのうち、60人は、漁業のために沖合に出ていて難を免れし者、2、30人は牛馬をひくため山上にあった者である。p.47

 明治三陸津波での田老町の被害。ほぼ完全に全滅という惨状。そして今回も、二重防波堤があるにもかかわらず、町は壊滅しているという…

 震災から80余年を経た今日、相模湾岸地域では、乱開発によって地すべり災害の危険度が一層増大していると見られている。然しながら、その割には関東大震災の際の岩屑なだれや土砂災害の史実も、津波災害同様、あまり知られていないように思う。p.74

 とりあえず、その土地の災害の履歴、地質の特性なんかは注意するべき。素人にはなかなか難しい問題ではあるが。

 例えば、田老では、明治三陸津波の体験談として、津波の前には井戸水と川の水が引いて空っぽになると、まことしやかに語られていたらしい。そのため昭和の津波のとき、ある人たちは、折角、逃げる準備をしたのに、わざわざ井戸と川の様子を見に行く。
 「釣るべ井戸の水を見たが、いつもとさっぱり変わりがないし長内川の水も同じだ。昔の津波の時は、川の水が音を立てて引いたものだ。なあに、これでは津波の心配はないぞと道向かいのじじさん(爺さん)が話した」(田沢直志『母と子の大津波』)
 こうして、母子も近所の人たちもすっかり油断してしまった。p.91-2

 つぎは、角田稼一郎という方の体験談だが、「家の前にあった井戸をのぞいてたけど水があったけん『津波やきいへんわ』という調子だった。然し「まえに学校の先生に教えてもろうとったんは『地震が揺すったら必ず井戸の水が引く、それkら津波が来る』ということやった」、と批判的に話している。
 これは前に書いたことだが、昭和の三陸津波の際、岩手県の田老村などにも同様の語り継ぎがあって、わざわざ井戸を覗きに行ったがために逃げ後れてしまった人たちがあった。各地によくある、もっともらしい言い伝えだが、これも真に受けてはならない俗説の類であって、井戸水の干満など、当てにできることでも、当てにすべきことでもない。p.147-8

 産経で井戸の水が引くのを見て避難して助かった話が記事になっていたが、実際には、そういうのを真に受けるのは非常に危険。しかし、この津波の前に井戸の水が引くという伝承は相当根強く、広い範囲で広がっているものであるようだ。そもそも、津波の前に水が引くということ自体が、常に起こることではないのに注意すべきこと。
 これに関しては、井戸が涸れたのを見て救われた老人の話を考えるが、著者の別の著作を引いて論じている。「この記事は危険すぎる」と述べているが、全く同意。


 つーか、本書の著者の山下氏は、今回の津波でも被災しているのか→九死に一生得た津波災害史研究者:山下文男さんをお見舞い:岩手の元党県委員長ら。病院の4階の部屋で、首まで水につかりながらカーテンにしがみついて助かったとは、文字どおり九死に一生をえているな。昭和三陸津波に続いて、平成の三陸津波も経験しているという。