アラン・ワイズマン『人類が消えた世界』

人類が消えた世界

人類が消えた世界

 人類がすべて神隠しにあったら、世界はどのようになるかを想像した書物。打ち捨てられた人工物がいかに弱い存在か、一方で人類が環境に吐き出した化学物質がいかに影響を残すかを明らかにしている。世界の各地を取材して、その上での予測しているので、人間が環境にどのような影響を与えているかを知る上でもなかなか良い見取り図になっている。まあ、ラストは微妙感があるが。
 以前、新聞の書評か何かにも載って、それで書名を覚えていたが、今回、福島の原発事故をうけて、本書では放射性物質をどのように扱っているかに興味を覚えて借り出した。
 本書を読んで興味深いのは、都市や建築物の意外な弱さ。チェルノブイリの事故で放棄されたプリピャチが事故後20年にして森に沈みつつあるように、ニューヨークが放棄されれば、地下空間があっという間に地下水で水没し、高層建築も基礎が水で浸食され比較的短時間で崩壊するという。大阪梅田の地下空間なんかは、人がいなくなれば良い感じのダンジョンだなと思っていたが、人の手が入らなくなるとあっという間に水没してしまうのだな。ファンタジーなんかでよくある地下のダンジョンも、よく考えると、水抜き対策を厳重にしないと冒険者を迎え入れることができないと。木造家屋なんかは、それこそ人が住まなくなって10年もすれば崩壊するし、石見銀山周辺の集落なんかは、それこそ跡形もなく森に沈んでいるわけで、人の営みももろいものだ。一方で巨大な鉱山は、後々まで残り続けると。
 一方で、人間が作り出した化学物質や放射性物質が環境に与える影響の大きさも興味深い。いきなり人類が消滅して、化学物質が管理されなくなり、環境中に放出されたら、大型生物の大半は生き残れないのではないだろうか。特にプラスチックがどうなっていくかを扱った第9章「プラスチックは永遠なり」が衝撃的。プラスチックは劣化して分解していくが、その結果出現する微粒子を分解できる生物は存在せず、長期間にわたって残り続けること。それらのプラスチック微粒子を食べてしまう生物が生態系全体に行きわたり、長期間にわたって悪影響を与えるという。普段便利に利用し、意識せずに捨てているものが、実際にはどれだけ根強い存在か。


 以下、メモ:

 ムーアが最初にこの還流を1600キロにわたって横断したとき、海面100平方メートルあたりに約230グラムのゴミがあると仮定して計算したところ、プラスチックの総量は300万トンに達した。この見積もり量はアメリカ海軍の試算でも裏づけられることがわかった。これが、彼がその後出会う多くの驚くべき数字の一つ目だった。しかも、この数字で表されるのは目に見えるプラスチックだけであり、藻やフジツボが付着し、重くなって沈んだ大きめのプラスチック片の量は計り知れない。1998年、ムーアは、サー・アリステア・ハーディがオキアミのサンプル採取に使用したのと同種のトロール装置を携えて、もう一度この還流へ赴いた。そして、信じられないことに、プランクトンを上回る重量のプラスチックが海の表層に漂っているのを発見した。
 じつのところ、それはプランクトンの比ではなかった。なんと六倍もあったのだ。
(中略)
 ナードルと呼ばれる小さな粒は、年間5500兆個、重量にして約1億1350万トンが生産されていた。ムーアはこの粒をどこででも見つけたが、それだけではなかった。クラゲやサルパ――海中にきわめて多く生息し広く分布する濾過摂食生物――の透明な体に取り込まれたこのプラスチック樹脂の粒をはっきり目にしたのである。海鳥と同じように、明るい色の粒を魚卵と取り違え、肌色の粒をオキアミと取り違えたのだ。いまやいったい何千兆個のプラスチック片が、ボディースクラブ剤に配合され、大型生物の餌となる小型生物が飲み込みやすい大きさとなって海へ流されているのか、見当もつかない。p.187-8

 太平洋の中部、「太平洋巨大ゴミ海域」こと北太平洋亜熱帯還流に集まっているプラスチックごみの話。事実上、プラスチックを分解できる生物が存在できない状況で、それがどのような影響を、生態系に与えるのか…

 こうした状況も、死んだ個体の数も、特に珍しいわけではないが、一晩に死んだ数としては多いかもしれない。テレビアンテナの基礎部分を囲むように積み重なる鳥の死骸に関する報告は、1950年代から鳥類学者たちに注目されてきた。1980年代には、塔一基につき年間2500羽が死ぬといった概算も発表されはじめている。
 2000年のアメリカ魚類野生生物局の報告によれば、高さが199フィート(60.66メートル)を超えるため、飛行機への警告灯の設置が義務づけられている塔は7万7000基に上るという。計算が正しければ、アメリカだけでも毎年、2億羽近い鳥が塔に激突して死んでいることになる。じつは、この数字はすでに意味をなさなくなっていた。携帯電話のアンテナ塔があっというまに増えたからだ。2005年には、塔の数が17万5000基に達した。塔の増加のせいで、一年に死亡する鳥の数は5億に達するはずだ。ただし、この数字は乏しいデータと推測に基づいたものにすぎない。犠牲になった鳥の死骸の大半は、人間が見つける前に清掃動物の餌食となるからだ。p.286

 どれだけ… つーか、それだけ死んでも絶滅しないのがすごいような…

 その一方で、使用済み核燃料はタンクに中間貯蔵されたまま、ときには何十年も放置される。奇妙なことに、使用済み核燃料は、使われはじめたときとくらべ最高で100万倍も放射能が強くなる。原子炉のなかで核燃料は、濃縮ウランよりも比重の高い元素、たとえばプルトニウムアメリシウム同位体に変化しはじめる。その変化は廃棄物貯蔵庫でもつづき、使用済み燃料棒は中性子をやりとりして、アルファ粒子、ベータ粒子、ガンマ線、熱を放出する。
 人間が突然いなくなれば、冷却池の水はすぐに沸騰して蒸発してしまうだろう。ことにアリゾナ砂漠では蒸発が速そうだ。貯蔵中の使用済み核燃料が空気にさらされれば、その熱で燃料棒の被覆材が発火し、放射性の火災が発生する。パロヴェルデでもほかの原子力発電所でも、使用済み核燃料の貯蔵ビルは墓場ではなく一時的保管場所としてつくられている。ブロックでできた屋根は大型ディスカウントストアのようなつくりで、原子炉の鋼弦コンクリート製遮蔽ドームとは大違いだ。こうしたブロックづくりの屋根は、下で放射性の火が燃えつづければ持ちこたえられず、大量の汚染物質が漏れ出すだろう。だが、それよりもさらに大きな問題がある。p.310-11

 まあ、人間がいなくならなくても停電すればこうなると。使用済み核燃料の保管に関しても、今後見直す必要が出てくるだろうな。

 死者数を正確に測る基準がなんであるにしても、その基準は他の生物にも当てはまる。人類が消えた世界で、残された植物と動物は数多くのチェルノブイリとつきあう羽目になる。この災害が遺伝子に与えた害の規模はまだほとんどわかっていない。遺伝的障害のある突然変異体は、科学者が個体数を把握する前に捕食者の餌食となってしまいがちだからだ。それでもいくつかの研究によれば、チェルノブイリのツバメの生存率は、渡りを終えて戻ってきたヨーロッパのどの地域のツバメと比較しても、かなり低い。
 「予想される最悪のシナリオでは、私たちは種の絶滅を目にすることになるかもしれません。いわば突然変異によるメルトダウンです」と、チェルノブイリを頻繁に訪れるサウスカロライナ大学の生物学者、ティム・ムソーは指摘する。
 別の研究では、テキサス工科大学の放射線生態学者、ロバート・ベイカーとジョージア大学サバンナ・リバー生態学研究所のロナルド・チェッサーが次のような厳しい見解を示している。「人間に特有の活動が、その土地の動植物相の生物多様性と数量に対して、最悪の原子力事故よりもさらに壊滅的な打撃を与えています」ベイカーとチェッサーは、チェルノブイリ放射線汚染地帯に生息するハタネズミの細胞の突然変異の記録をつけている。チェルノブイリのハタネズミに関するそのほかの研究でも、このげっ歯目動物もツバメと同様に、ほかの土地に生息する同じ種より短命だとわかった。それでも、性的成熟と出産を早めて埋め合わせをしているらしく、生息数は減少していない。
 その通りだとすれば、自然は選択のスピードを上げ、新たな世代のハタネズミのなかに放射線により強い個体が生まれる可能性を高めているのかもしれない。突然変異と言い換えることもできるが、より強力な変異であり、ストレスと変化の多い環境に適応した進化である。p.319-20