「インド貧農下克上 カースト上位の地主に反抗」『朝日新聞』10/12/16

 経済システムの変動が、地域の政治的な関係をも変えていく状況。民主的な政治システムと州全体での政治的な力関係が、平和なヘゲモニーの転換を可能にしている。そのあたり、インドの強さというか、しなやかさを感じる。あとは、地域の有力者の相続慣行の問題も興味深い。分割相続なんだな。これは前近代から継続しているのだろうか。インドの国の不安定性と言うのは、このあたりにも要因がありそうに感じるのだが。
 しかし、以前は下層民を安い賃金で搾取してきたってことだよな。なんともはや。このあたりでは上層民も現金収入は限られていたのかもしれないけれど。

 インドの農村で、代々、地主の畑を耕してきた土地なし農民が、「もう地主の所では働きたくない」と独立し始めている。カースト社会の最下層ながら、急速な経済成長を背に、出稼ぎで力を蓄え、地主から土地を買い取るケースも増えた。政治権力も手に届くところに近づき、さながら下克上の様相だ。(ムルホ村〈インドービハール州東部〉=武石英史郎)


都市で稼ぎ土地買収
 インド北部の最貧州ビハールの州都パトナから車で9時間。大半の家に電気もガスもなく、燃料はもっぱら乾燥させた牛の糞に頼る同州東部ムルホ村。竹とジュートの枝を編んだ粗末な家ばかりの一角で、れんがとセメントを使った住宅の工事が進んでいた。
 建主はラガン・ラムさん(46)。かつて不可触民と呼ばれたカースト社会の最底辺層で、地主の農作業を手伝って労賃をもらっていた。だが今 「地主の農地で働くのはもうやめた。ほかの仕事をした方がよほど稼げる」という。
 地主の農地で1日働いても労賃は20〜30ルピー(1ルピー=約2円)程度だった。しかし、出稼ぎに行けば100ルピーは稼げるし、近くを通る街道沿いで始めた「かみたばこ」を売る店が繁盛し、1日で200ルピーの利益が出る。「昔は労務を断れば、脅されたり嫌がらせを受けたりした。もうそんなことはさせない」。
 村の外れに旧不可触民が集まる一画がある。275世帯のうち7-8割は、インド北部の穀倉地帯パンジャブ州やニューデリーなどの都市部へ出稼ぎを送り出している。仕送りを元手に財産を蓄え、地主から土地を買い取る世帯が増え、中には中堅地主並みの農地を持つ者もいる。
 出稼ぎブームに火を付けたのは、地元政治家の「我田引鉄」政策だった。1990年代以降、同州から3人の国会議員が鉄道相に就任。ニューデリーパンジャブ州と、ビハール州の辺境を結ぶ直行列車を次々運行させ、出稼ぎの行き来が容易になった。
 集落の指導者ウメシュさんは「もう少し余裕ができれば海外にも出稼ぎを出せる。経済的には地主と対等の関係になる日は近い」と話す。一方で約1ヘクタールの農地を持つ小規模地主ラジ・クマール・ヤダブさん(36)は「下層民は目覚めてしまった。安い労賃では誰も働かない」と嘆いた。


選挙でも存在感
 ムルホ村には、約千ヘクタールともいわれる広大な農地を持つ大地主マンダル家が長く君臨してきた。60年代には、当主が州政府首相を務めるなど、国会議員から村長に至るまで権力を独占した。マンダル家の邸宅には、村と外部をつなぐ唯一の道路らしい道路が直結し、送電線もいち早く引かれた。銀行や学校、行政機関も邸宅の周りに集中する。
 代々、マンダル家に仕えてきたムハマド・イブラヒムさん(70)は「昔はみなマンダル家を恐れていた。マンダル家の人の前では靴を履くことも許されなかった」と話す。一方で肥料のほか、祭りの前には新調の服を配り、冠婚葬祭や不作の時には、面倒をみる寛容さがあった。
 だがマンダル家は相続や財産分与を重ねた結果、分家の土地は細分化され、経済力が低下。ほとんどが村を離れて暮らすようになった。「彼らは年に2回の収穫期に顔を出すだけ。不作だろうが何だろうが、年貢を取ることしか頭にない」とイブラヒムさん。
 地主と貧農の関係の変化は2001年の村長選で表面化した。マンダル家の現職が新興地主に敗れる波乱が起きたのだ。今年10月に行われた州議会選では、マンダル家出身の現職は、不人気が災いして立候補すらできなかった。
 底辺層の支持獲得を目指す中央や州政府の思惑も、下克上を後押しした。周辺の村々からなる地区議会の議員や村長の選挙で、下位カーストや女性など長く虐げられてきた人たちに輪番制で指定枠を設ける留保制度が拡大された。
 ムルホ村では今、村長と村落裁判官を新興地主層の女性が務め、旧不可触民から村長が出るのも時間の問題だ。村選出の地区議員ビビ・サギラさん(44)も少数派イスラム教徒の女性だ。「大地主が政治を取り仕切る時代は終わった。これからは人々に選ばれた者が統治する」


中溝和弥・京大大学院客員准教授 中・下層 数の力で台頭
 ムルホ村で04年から政治意識調査を続けている中溝和弥・京大大学院客員准教授に、構造変化の背景を聞いた。
 ビハール州では80年代に地下水を利用した灌漑が普及し、村の中流階級に相当する後進カーストの自作農が経済的に台頭した。
 変化は政治にも及び、90年州議会選で彼らが主導権を握る政党が、上位カースト地主の支配する国民会議派州政権を決定的に破る下克上が起きた。
 現在は、さらに最下層カーストの土地なし農民が、出稼ぎにより経済力を獲得しつつある。彼らの支持を取り付けたい現在の州政権は、村長などにも留保枠の対象を広げ、政治的にも最下層の発言力が強まる下克上の第2波が始まろうとしている。
 隣のウッタルプラデシュ州では既に最下層主導の政権が誕生した。民主主義の下で、人口で多数を占める中・下層民が、少数派の上位カーストによる支配を脅かし、時に覆す現象は、インドの政治と社会の民主化を象徴的に示している。