ジョン・ハーヴェー『中世の職人:2 建築の世界』

建築の世界 (中世の職人)

建築の世界 (中世の職人)

 先日の一巻に続いて。こちらは具体的な作品や手順について。著者は本職の建築家で、文化財修復などに長年携わった人らしい。そのせいか、やはり建築に対する記述が主力になっている。逆に、それが本書に独自性をもたらしている。
 本書では、各所に、建築物やその設備の「芸術性」が誰によってもたらされたかという議論が繰り返されている。確かに、全体を指揮した棟梁あたりが主導的な役割を果たした可能性は高い。しかし、現在の映画やゲームなどでもそうだが、集団的に作られた作品というのは、さまざまな参加者のアイデアを積み上げて作られた物であり、あまり個人の功績を評価しすぎるのも問題なのではないだろうか。
 内容としては、第7章がクレーンや杭打ち機などの機材と基礎工事、第8章が石材や木材を中心とする材料とそれを採取する人々、設計の問題など。第9章以下は、各材質別にどのような職人がいたか。第9章は石材を扱う人々で石工を中心に大理石職人や舗装職人、彫刻職人など。第10章が、粘土を素材とする資材で、タイルや煉瓦など。ヨーロッパでは、屋根を葺くのに「タイル」を使うんだな、初めて知った。第11章が木材関係で大工に指物師に、彫り師など。第12章が塗装関係で、着色や色ガラス、ステンドグラスなどを作った職人たち。第13章が金属関係で、貴金属の加工から金融、宝石の加工、篆刻、貨幣の打刻などまで行った金細工師、鉛細工、刀剣の鍛造をはじめ教会の仕切りなどに使われた金属製品を供給した鍛冶師について紹介している。
 あとがきで著者も、以下のように書いているが、

 記述が平易であるとはいっても、具体的であるだけに訳者にとってはかえって難しいことが多かった。建築用語、道具の名称には、特殊辞典などを用いて検討したが、必ずしも自信のもてないものもある。また古語の内には、オクスフォードの大英語辞典にもないものもある。たとえば、podyngirenという語がそうであって、著者自身に手紙で質問したところ、これは著者自身にも何をさすのか正確には分からないが、著者の個人的推測としてはというただし書きで、鉛の小片を、ポットにつまんでいれるためのハサミのような道具かと言っておられる。釘の種類などについても、言葉の上から訳しておいたが、現実にはどんなものを指しているのか、分からないものもある。訳者の浅学に免じてお許し願いた。ご存知の方があれば、なんなりと御教示下されば幸いである。p.292

実際、さまざまな道具や技術用語、建築用語の山に理解を阻まれた感がある。いちいち調べながら読むような気分でもなかったし。そのあたり、翻訳の難しさというか。『絵巻物による日本常民生活絵引』のようなレファ本が必要な感じだ。時代は下るが、『フランス百科全書絵引』なる本があるそうで、そういうのが参考になりそう。あとは、中世ヨーロッパの建築史の知識とか。
フランス百科全書 図版集大阪府立図書館)


 以下、メモ:

 古材すなわち乾燥された材木への言及が、初めて記録されるのもこの時期からである。その家屋骨組をつくるための大工仕事には、木材は、乾燥させる必要がなく、ただちに利用できたが、しかし、指物仕事には乾燥した木材が、中世の終わり頃には、次第に高く評価されるようになった。p.51

 えー、乾燥させてなかったんだ。日本では、古代から中世の建築物の骨組みはどうだったんだろう。普通に乾燥させるものだと思っていた。

 ウェストミンスターでは、国王の御用塗装職人が自分の店をもっていて、1541年には、「塗装職人がパレスの構内で絵具をつくっていた場所には、鍵と止め金があった」という記録がある。使用される顔料と金粉が非常に高価だったので、鍵が必要であったのである。最高級の絵具は、それ自体、希少で価値が高かったか、外国のいろいろの地方から遠路運んで来られたので、用意するのが難しかった。それで、一つの立像を塗装する費用がそれを彫る費用よりもはるかに大きかったことを示している会計簿がいくつもある。このように高価であったのは、塗装の労賃ではなく、原料の費用であった。p.180

 薬品として考えると、高かったのは当然かなとも思える。

 屋根からはずした古い鉛を熔かして、ある割合の新しい鉛を加えて鋳造し直すことは、今日でも行われているが、このことは、1339-40年に、ロンドン塔ですでに行われていた。9カラット(carrat)1ウェグ(weg)22クローヴ(clove)に達するロンドン側の古い外門上の塔の古い鉛が、ロンドンの鉛細工職人のリチャード・ド・カントとトーマス・アット・ディッチによって熔解され、葺き直された。1カラット(carrat)すなわち1荷車分(cart load)は、1フォザー(fother)と同じで、ウェグとは、ウェイ(waye,wey)ともいい、182ポンドで、26クローヴに相当する。1クローヴは7ポンドである。1カラットは12ウェグで、したがって、1フォザーは、19常衡ハンドレッド・ウェイト(avoirdupois hundredweights)であった。〔avoirdupoisは、貴金属、宝石、薬品以外に用い、16オンス=1ポンドとする。hundred weightは、120ポンド〕。p.210-211

 度量衡メモ。