吉成薫『エジプト王国三千年:興亡とその精神』

エジプト王国三千年―興亡とその精神 (講談社選書メチエ)

エジプト王国三千年―興亡とその精神 (講談社選書メチエ)

 メチエ攻略作戦6冊目。間にいろいろと挟まっているが… これで明日は返却できるな。
 本書は古代エジプトについての概説書。前6割ほどが通史、後4割ほどが時空間や文学、宗教などの精神世界を扱っている。著者の専門が「文献学」で、古代エジプトの文字史料をベースに古代エジプトの歴史にせまろうとしているところがおもしろい。
 前半の通史は、第一章が最初のファラオと時代区分、第二章が第一王朝から古王国の崩壊、中王国による再統一まで。王の墓に残された五つの「名前」から、王権の状況をあぶり出そうとしているのがおもしろい。第三章はヒクソスの侵入と定着からヒクソス政権を倒しての新王国の成立、ハトショプスト女王の時代やトトメス三世のアジア遠征。第四章はアクエンアテン(イクナートン)の宗教改革、ラメセスのシリア遠征とオリエント情勢、新王国末期の政権の弛緩。第五章は末期王朝時代からプトレマイオス朝ローマ帝国の支配の時代まで。テーベに成立したアメン神権国家を最後に上エジプトが王朝の興亡で重要性を持たなくなり、ヌビアやナイルデルタの勢力が政権を争うようになっているが、これはどのような背景があるのだろうか。
 後半は精神史的な解説。第六章は空間認識や暦の話。シリウスの太陽との同時出現を手がかりに、いつエジプトの大衆暦が導入されたかの議論の紹介。第七章はヒエログリフをはじめとする文字やパピルス、文学のジャンルの話。教訓・思弁文学・物語・詩歌が主要なジャンルとして紹介される。第八章は宗教と芸術。宗教的な観念というのは、主観的なものだけに、なかなかそれを明らかにするのは難しいようだ。社会全体に影響を及ぼしているだけに、「宗教」だけを切りだして議論するのも難しいという話も。
 コンパクトにまとまっているだけに、基本的な知識を得るにはちょうどいい本だと思う。三千年の歴史を選書の250ページ程度に詰め込んであるだけに、相応にかけ足ではあるけど。それは、興味を持った読者が、文献をたどっていくべきものだろうし、入門用の邦語文献のリストも紹介されているから、自分の興味を発展させていくこともできるだろう。オリエントの古代文明は、文字史料が結構豊富だから、やる気になれば文献史学的な勉強はできるんだろうけど、言葉の壁が厳しいな。史料の言語(古代エジプト語やメソポタミアの諸語)を学んだ上で、研究史を追うには英仏独語あたりは普通にできないといけないだろうし。


 以下、メモ:

 後の時代の王、たとえば中王国時代の最盛期である第一二王朝の王たちは、五つの王名を持っている。ホルス名、二女神名、黄金(のホルス)名、上・下エジプト王名、そしてサ・ラー名である。p.52

 それぞれに王権に関する意味が隠されているという。

また中王国時代以降盛んになったアビュドス詣でに代表される、いわゆる巡礼については、信仰という面だけではなく、旅とか娯楽という要素も考慮に入れて研究する必要があろう。p.250

 どこでも巡礼や遊山ってのはあるもんなんだな。