ローマは結局道路に滅ぼされた - Togetter

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 むしろ「地域主権ローマ帝国を滅ぼした」という方が当を得ていると思う。たいがいの「帝国」は、外敵から帝国を防衛するコストあるいは外部との戦争のコストをどう賄うかが、興亡を左右しているように思える。あとは、支配地域のエリート層の態度か。徴税を受け入れるかどうか、帝国に対する態度など。中央政府服従する利益がなく、中央政府にも言うことを聞かせる実力がなければ、地域の有力者は好き勝手な行動をはじめ、軍閥化する。むしろ、道路は帝国を維持するインフラであり、これがなければもっと早く分解したと言えるのではなかろうか。
 プロソポグラフィー研究によれば、五賢帝の末期あたりから、元老院を通じたキャリアアップから皇帝統治の属州での軍事や行政ポストを通じて昇進する方向に変化したと指摘されている(南川高志『ローマ五賢帝:「輝ける世紀」の虚像と実像』asin:4061493892)。防衛コストの上昇とそれを賄うための徴税コストが上がった。あるいは統合によるメリットから地域それぞれの利害の主張という変化をみることができるだろう。それに対応して、地域との密着を狙ったのが帝国の分割や軍人皇帝だったと言えそうに思う。個人的には、この手の精神的というか、文化的要因よりも、気候変動と人間の移動といった要因を重視したいところだな。
 このあたり、まじめにやると怖ろしいラテン語という敵が出てくるから、あんまりつっこんで勉強したくないけど。