吉田桂二『間取り百年:生活の知恵に学ぶ』

間取り百年―生活の知恵に学ぶ

間取り百年―生活の知恵に学ぶ

 むむ、予定を一日超過…
 20世紀の間取りの変遷を追った本。上から見た図が豊富で、それぞれの部屋がどのように使われ、どのような家具が置かれていたかも分かり楽しい。
 しかし、家とその間取りに関しては、大戦による断絶は本当に大きいんだな。5-10年程度は建築の停滞、大戦末期の住宅ストックの大量焼失、その後の資材不足。一世代近く、間が空いてしまう上に、都市への大量の人口移動による居住パターンの大変動を考えると、居住文化がまるっきり変わってしまうのは当然なのかね。その上で、家電製品の普及による「台所革命」が続く。あと、大戦前、大正あたりの時代の住宅の時代の家のプライバシーの無さとか、水周りを中心とする設備の貧弱さ。逆に言えば、生活が家の中で完結しなかった、だからこそ、地域共同体みたいなのが成立したんだろうな。ある程度の家には使用人がいる状況から、戦後は主婦一人で家事をすることになるという変化もあったんだろうけど。
 あと、第六章の建築家たちの小住宅時代の畳の敵視は、いまから見ると異様だな。ラストでは、高気密住宅について批判的だが、冬の寒さに対する対策はどうするつもりなんだろう。個人的には、かなり同意するところではあるのだが、九州ならともかく、北の方ではそうはいくまい。つーか、都市部では夏にエアコンがないと、死にそうな温度になっているしな。エアコンの使用前提だと、高気密住宅が必要になるが…


 メモ:

 しかし、この家が建てられた昭和十六年以後は、民家は完全に絶滅したと言い切っても間違いない。なぜなら、太平洋戦争が始まって、家を建てることなど論外の時代になるからだ。辺境までが戦禍にみまわれるということではないが、家を建てたりすれば、この国家の非常時に何たることかと、非国民呼ばわりされて当然ということが、誰にもわかっていた。家が建たない数年間の時代へと突入してゆく。この空白期間が民家を過去のものにしたのである。p.72

 建築文化の断絶。

 このような状況の中で台頭してきたのが機械生産化された家庭電化製品であった。これから豊かになってゆく生活のためには、なんとしても入手したいという欲求が燃え上がってくる。無理して買ってもなんとかなるさ、という将来に対する楽観がそれを支えていた。折りから、神武景気と呼ばれた経済活動の活性化がその欲求をかなえさせていった。電気洗濯機、電気冷蔵庫、電気掃除機の三つを暮らしの「三種の神器」と呼んだのも、この頃のことである。
 しかし、これらの機器を買い求めたとしても置き場がない。台所は前章までに見てきたとおり、全く前時代的な様相をしている。家を建て替えることはできないが、台所や水回りを改造する程度の工事ならできる。これがこれまでの台所をダイニングキッチン=DKへと変貌させた巨大なエネルギーになった。都市住宅はもちろん、農家の土間も板張りになってDK化した。電化機器類だけでなく、厨房セットなどのステンレス製品や箱物、床材、壁材、天井材などの内装材も合板、ボード、ビニールシートなど工業製品がふんだんに使われるようになっていった。統計的な数字は明らかではないが、その時の住宅ストック量の中で、台所革命が行われたパーセンテージは、驚くべき数字を示していると推定できる。p.93-4

 台所革命

 小住宅時代に建てられた家は極端に小さかったが、資材も資金も乏しく、住宅規模に制約もあった時代だと思えば、家を建てられただけでも幸運な人であった。しかし、この時代の家がほとんど残っていないのは、あまりにも生活空間の広さが切り詰められ過ぎていて、このわずか後から始まった経済成長を経過してゆく中での生活の拡大化を受けこなすだけの容量がなかったから、建て替えざるを得なくなっていったのである。しかしまた、建て替えたこと自体が、「家は建て替えるもの」という風潮を引き起こした元凶であったことも、今になってみれば指摘できる。p.133

 家の耐久消費財化の端緒。あと、伝統的な家屋では、日本にしろ、ヨーロッパにしろ、空間はかなり貧弱なんだよな。