『歴史群像シリーズ:帝国海軍の礎:八八艦隊計画』

 長門型二隻のみの実現に終わった八八艦隊計画。それがどのような経緯で計画となり、どのような情勢の変化が反映して、最終的に八八艦隊計画として結実したか。第一次世界大戦での砲戦距離の伸延、英米などの仮想敵国の整備計画の動き、さらに自国内の兵装や資材の生産能力といった条件が複雑に絡んでいるのがおもしろい。で、最終的に練り上げられた計画は、ワシントン条約の主力艦建造停止、未成艦の廃棄という結末にたどりつくわけだが。個人的には、長門級金剛級のような、連装砲塔四基が一番美しいと思うのだけど、実戦ではそうはいかないんだろうな。
 個人的にはこの時代の主力艦に対するイギリス技術の圧倒的な影響も興味深い。最新鋭巡洋戦艦一隻を建造して、さらに三隻はほぼノックダウン生産。さらに造機・造兵なんかの技術も惜しげなく供与してもらっているわけで。長門の40センチ砲もイギリスの援助があったように読めるし。よくもまあそれだけの技術移転を気前よくやったものだと。戦闘方法や艦隊編成といったソフトの面からも、相当助言を得ていたようだし。
 とりぜず、写真もたくさん見られて満足。しかし、天城型巡洋戦艦がそのまま建造されていたら、かっこ悪い戦艦としての悪名が続いたんじゃなかろうか。