中村洋子『フィリピンバナナのその後:多国籍企業の操業現場と多国籍企業の規制』

 80年代半ばから90年代を中心に、フィリピンでのバナナプランテーション経営の変化を追った本。21世紀に入ってからも、大きな変化をしているはずなので、そのあたりの情報がないのはちょっと残念。あと、全体に文章が固いというか、読み進める推進力にかける感じ。特に後半の多国籍企業の規制の部分に顕著だが。一週間近く、読むのに時間がかかった。
 本書は大きく分けて二つに分かれている。前半はフィリピン・ミンダナオ島のバナナプランテーションにおける農薬の使用実態や労働者の待遇について、80年代、90年代に分けて述べている。後半は、国連などの国際的な機関、会議での多国籍企業の規制の動きを紹介したもの。この後半は、基準やガイドラインがずらずらと並ぶため、非常に読みづらかった。最後に、1980年代に日本から発展途上国に輸出されていた鯖・鰯の缶詰についての補章が付されている。


 農薬の問題に関しては80年代部分では現地調査に基づく労働者の急性被害を中心に、90年代部分では日本での残留農薬問題を中心に扱っている。後者については、リスク論とかの問題になるが、ちょっと評価しきれない。出てきた数値がどの程度危険なのかとか。あと、意外と果物から出る農薬が少ないなというのが正直な印象だが、これは検査の穴なのか、実際残留農薬が少ないのか分からない。
 しかし、80年代の事例で紹介されている、WHOの旧西独性分類で「極度に危険」から「非常に危険」と分類されている農薬を、まともな防護処置もなく素手で扱っている様子やそれに伴う健康被害にはゾッとする。それとともに、先進諸国では使用禁止されている農薬が、規制の緩い、監視の行き届かない、政治的影響力を駆使して緩めさせるなどによって、途上国には平気で輸出される状況も酷い。で、輸出企業は使っていないととぼけるとか。90年代でも依然として、健康被害が報告されていることを考えると、現在でも、続いている可能性が高いのだろうな。


 企業と労働組合間で交わされた集団労働協約の分析を中心に、労組の出自と労働条件の比較検討も行われている。革新系労組と体制に従順な保守系労組、さらに会社主導で組織されたタデコの労組で、労働条件に差があることが指摘されている。先に読んだ『バナナと日本人』でも取り上げられているが、当時はチキータブランド、現在はデルモンテブランドに納入しているタデコの感じの悪さは、他と比べても突出しているな。囚人利用とか、御用組合とか。もともと、設立者のフロイレンドが、マルコスの支援者だったそうだし。
 労組の活動家が暗殺されるとか、ゾッとする世界だよな。現在でもジャーナリストが暗殺されまくったり、なかなか酷い。
 90年代には、マルコス体制崩壊後に、大地主や企業の所有地を分配する「包括的農地改革計画」で、どのように変わっていったかを扱っている。労組潰しや地主の抵抗など。土地の配分を受ける受益者組合からリースバックさせる形式と委託栽培形式を選択する企業に分かれたという。委託栽培形式もリスクを押しつけられて、むしろ以前よりも収入が減った事例が紹介されている。
 また、その後、多国籍企業への依存を減らしていく動きも紹介されている。


 第二部はパス。


 補章の「バナナ労働者と日本を結ぶもう一つの商品――青物缶詰」も興味深い。境港の鯖や鰯など青魚缶詰の途上国向け輸出産業の紹介。1980年代の調査に基づくものなので、現在は状況が違っているようだ。ちょっとググったレベルでは、境港の輸出用青魚缶詰生産は、ほぼ絶滅状態の模様。
 1950年代から始まり、全国各地からの冷凍物を原料に使ったトマトソース缶詰の生産は、原料の安定供給や機械化と量産設備によってこの時代には非常に競争力が高かったそうだ。おそらく資源の枯渇や為替の変動で壊滅したんだろうけど、実際、どう推移したんだろうか。こういう記事を発見→君はゲイシャ缶を知っているか


 以下、メモ:

 環境への影響の例として、このほかにも1997年1月28日には、ダバオ川沿岸に位置するデルモンテ系列のデイソン農園(マア村・200ヘクタール)、ラバンダイ農園(マンドゥク村・700ヘクタール)のバナナプランテーションで使用されたとみられる殺虫剤が海へと流入し、目撃した漁民によると少なくとも10トンの魚が死んだという事件が生じた。土地の疲弊という問題も深刻化している。長年のバナナの単一栽培が土地の疲弊をもたらしている点は、すでに1980年代半ばには指摘されていたが、1992年11月13日付日本経済新聞は、米国企業のデルモンテ社とドール社が、主力産地フィリピンの畑の地力が低下していることを理由に、インドネシアでのバナナ生産を検討している、と報じた。1993年に来日した前出のミンダナオの保健衛生指導員は、土地が疲弊して作物が不作になったため、バナナ企業はミンダナオから出て行こうとしており、労働者の失業が大問題になると、訴えた。疲弊した畑の土壌調査と将来の有機農法の可能性を探るため、市民団体のフィリピン情報センター・ナゴヤが国際農林協力協会の助成を得て、近年専門家をミンダナオに派遣している。p.185-6