ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』

アメリカ大都市の死と生

アメリカ大都市の死と生

 やっと読了。大よそ二週間ほど格闘していたことになるのかね。えらく長くかかった。これ一冊だけ分けて借りたのは正解だったな。まあ、その間も、『世界の艦船』のバックナンバーを読んだりはしていたが…
 本書は、都市政策の古典的名著ともいうべき本で、都市の街路を舞台に行われるゆるやかな交流が、都市の治安や活力を生み出していると指摘している本。都市のその場に住んでいる人が都市政策において主役であるということ。読みかけで放置している『商店街はなぜ滅びるのか』とも繋がるが、自営業者の地域形成における重要性。ある意味では、自営業や小農主義みたいな感覚は大きいのだろう。
 あとは用途規制などの都市計画的なツールが実際には有効でないという指摘。このあたり越澤明『復興計画』の阪神大震災からの復興における区画整理の評価と災害前の住民の大半が住処を追われたという事実の間の温度差に明瞭に現れているように思う。「輝く都市」的な大規模開発が実際には、地域の「魅力」や地域形成にたいして悪影響を及ぼすということ。日本や中国、その他発展途上国では、スラムクリアランスを含む大規模な開発が現在も横行しているわけで、本書の指摘は現在でも有効だろう。
 一方で、1950年代のアメリカの大都市を扱った本だけに、おおよそ半世紀後の日本の地方都市で読むと首をひねるところも多い。時代の変化に伴っていろいろと変化しているだろうし、日本の地方都市では「スラム」、「通っただけ危険を感じる」というのがいまいちわかりにくい所も。


 全体としては四部構成、22章(!)となっている。
 第一部は歩道の利用状況の観察から、多くの人びとが歩く街路では、人々の目が自然の抑止力となって治安を維持していることやそこから緩やかな社会的ネットワーク形成される状況を活写する。ここが本書でいちばんおもしろいところ。67ページからの「歩道バレエ」の描写が素晴らしい。また、こういう街路では、路上の「公人」を核として、他人のプライバシーにまで踏み込まないような、ゆるやかなネットワークが形成される。一方で、都市計画などで誘導される村的な「一体感」は、人間関係が近すぎるだけに、むしろ排除の方向性が強くなってしまうという指摘も興味深い。こういうゆるやかなネットワークって、日本ではあまりないんじゃなかろうか。というか、本書で紹介されるような公私の微妙なバランスはなかなか成り立ち難いようにも思うのだが。
 子供の遊びの場としての街路や公園の利用法の話も興味深い。
 通行人の目が、犯罪の抑止になるというのは、日本でも当てはまる。実際、日本でもオートロックのマンションでは、人目が無くて危険なのに油断して施錠がおろそかになっているから、空き巣に入られやすいなんて話はあるし。


 第二部は都市の活気を生みだす「多様性」を生みだすために必要なものを挙げている。さまざまな用途の混合、街区が小さいこと、収益が低い事業も生き残るために家賃の安い古い建物が必要であること、ある程度の密集の必要性。大まかには納得できる議論。しかし、ダラダラとスプロール的に広がる日本の都市ではどう適用できるだろうか。あと、「長い街路」というのが実際に、どの程度長いのかってのもよく分からんな。


 第三部は都市の多様性を阻害する要因について。ある地域が経済的に成功することによって、賃料などの問題から充分な収益が上げられない土地利用が追い出される「自滅」という自体がありうること。「境界線」が人通りを妨げ人通りのない「真空地帯」を生みだすこと。スラムが大概、ゆるやかに自己の力だ脱スラム化していて、一気にクリアランスしてしまうのは逆効果だという指摘。最後に、大量の資金の投入の有害性。なんだ六本木ヒルズのことか。確かに、ゆるやかな交代が理想的であるな。


 第四部は都市活性化対策について。いくつかの問題点に分けて述べている。
 大規模公営住宅より賃料保障方式の方が有効だという提案が興味深い。確かに、民間で建てる住居に、債務保証をして、充分な収入を持たない住民の家賃を補助する方式は、大規模公営住宅よりかかる費用は安くなりそうに思う。ただ、実際にこれを導入しようとしたら、ものすごい腐敗を招きそう。日本だと大規模デベロッパーが政治力でガンガン補助を獲得して、安普請住宅を作りまくるみたいな展開しか想像できない。あと、結局、どこまで貧困層の援助になりうるのかも疑問。
 続いては自動車の問題。基本的に都市と自動車の相性が悪いのは確か。自動車の量の削減は、都市では重要。だが、やはり産業の影響力を考えると難しいのだろうな。
 他にはランドマークの問題、大規模開発プロジェクトの問題、行政の問題など。地域の意見が通用しない行政って、今の日本を思わせるな。あとは、多様性を促進するためのランドマークの重要性と、あまり巨大なランドマークは無意味だという指摘。
 最後の「都市とはどういう種類の問題か」という章では「複雑系」を援用したような議論をしているが、このあたり、訳者の解説によれば複雑系の概念がひろがる前だったようで、著者の嗅覚のすごさがうかがえる。確かに、様々な構成要素が、相互に影響しながら形作るシステムだけに、分析はなかなか難しかろうなと。


 以下、メモ:

 この二種類の生態系――一つは自然が作り、一つは人間がつくったもの――は根本原理が共通しています。たとえば、どちらの生態系も――それが不毛でないとしてですが――維持するにはかなりの多様性が必要です。どちらの場合にも、その多様性は時間をかけて有機的に発達し、その各種の構成要素は、複雑な形で相互依存しています。どちらの生態系でも、生命と生活手段の多様性のためのニッチが多ければ多いほど、その生命を擁する力は大きいのです。どちらの生態系でも、多くの小さな変わった要素――通り一遍の観察ではすぐに見落とすようなもの――が全体にとって、規模の小ささや累計量の少なさとはまったく不釣り合いなほど重要な役割を果たしています。自然生態系では、遺伝子プールは根本的な宝です。都市生態系では、仕事の種類が根本的な宝です。さらに仕事の形態は、新しくつくられて栄える組織で再生されるばかりか、ハイブリッドを形成し、突然変異してそれまでなかった仕事に変わることさえあります。そしてその要素の複雑な相互依存のため、どちらの生態系も脆弱で壊れやすく、すぐに阻害されたり破壊されたりしてしまいます。p.15-6

 アナロジーとしては、非常にわかりやすい。