宮島秀紀『伝説の「どりこの」:一本の飲み物が日本人を熱狂させた』

伝説の「どりこの」 一本の飲み物が日本人を熱狂させた

伝説の「どりこの」 一本の飲み物が日本人を熱狂させた

 昭和戦前期にはやった飲料水「どりこの」を追った本。
 現在に残る「どりこの坂」の「どりこの」が何か疑問を持ったところから始まり、講談社の創業者野間清治によるド派手な大宣伝キャンペーン、販売の実際を担った見習いの少年たちと彼らが属していた講談社少年部という組織、開発した高橋孝太郎博士の人となりや経歴など。資料の入手具合から、戦前の講談社おもしろ歴史みたいな感じになっているような気もしなくはないが。戦前の起業家らしい、野間清治の強烈なキャラがおもしろいな。無頼と教育者としての側面がバランスを取っていたような感じというか。ある意味では放漫経営だよな。大規模な宣伝による拡販や「面白くてためになる」というモットーなんかも興味深い。あと、高橋博士の潔癖症とか。
 戦時中の経済統制によって、原料の砂糖が入手できなくなり、生産ができなくなったこと。戦後にも、復刻版が出ていたこと。高橋博士の甥に製法が受け継がれていたが、この甥の高橋庸祐氏の死去によって、どりこのの製法は永久に失われたという。成分から見ると砂糖にグルタミン酸を加えて加熱し、化学反応を起こさせた飲料だそうで。栄養が不足気味の時代には、確かにそれなりの効果があっただろうなとは思うが、前半の宣伝は誇大広告だったってことだよな…
 時期的には、当時を知る生存者が失われるギリギリの時代だったって感じだな。あと、講談社がかっちり昔の資料を残していて、どりこのの現物も残していたというのが興味深い。この本、角川から出ているけど、なんで講談社から出なかったのか不思議な感じだな。しかし、60年以上前の飲み物を飲もうってのは、勇気が要る話だな…


 以下、メモ:

 厳重な管理がほどこされた社内の図書館には、講談社の社史やアルバム、社内通信や社長の訓話集など、歴史をひもとくうえで欠かせぬ貴重資料が数多く残されているのだ。
 さらに、今回の取材では特別のはからいによって、『社史資料』の閲覧が許可された。『社史資料』とは、昭和34年発行の『講談社の歩んだ五十年(50年史)』を編むにあたり、社員OBからの聞き取りをまとめた書物である。
 社員でさえ、その存在を知る者は少なく、図書室とは別の静謐な区画に保存されている。『社史資料』の多くは、速記者の記録をもとに200字詰め原稿用紙へ万年筆で手書きし、これを各項目ごとに数百枚ずつ綴じた形式がとられている。それぞれ、きちんと厚い表紙が付けられており、全部で145巻に達するという厖大な記録だ。p.43

 さすがの講談社って感じだな。きっちりと資料を保存し、収集している。

 少年部教育の根幹に据えられていたのは、座学ではなく、「実学」であった。これは講義や書物に偏らず。「忍苦の修行によって、心神を霊活ならしめる」ことで、社会に役立つ人間を育むという学習法だ。
 「作業によって人物を練り、魂を磨く」――学問は体験のなかでこそ得られるとした少年部教育は、掃除や荷物運びはもちろん、編集や発送、営業や帳簿整理の手伝い、作家や印刷所、取次店へのお使いなど、多岐におよんだ。p.142-3

 講談社の少年部の教育方針。ガンガン肉体的に鍛えるやり方は、今の目で見ると相当ブラックだよなあ。おそらく体を壊して、脱落を余儀なくされた人はそれなりにいるだろうけど、そういうのは語られないんだろうな。反面、もともと成績の良い子供多数から少数を選抜して、それを徹底的にストレスフルな環境で鍛えるんだから、講談社の歴代副社長8人中4人が少年部出身というくらいに出世するのも納得できる。戦後は、少年部出身者が大派閥だったんだろうな。