「美都波女命」碑

 水神様らしい。明治32年には馬場楠堰近くに水神社が建立されていたが、昭和55年に道路の拡幅で移転させられたそうな。しかし、碑文前段の広い信仰圏と現在の石神のつながりがいまいち読めないな。ググるとかなり広く信仰されている神様のようだ。
 上の災害復旧記念碑の奥にある。
 これも例によって、台座の関係者人名は省略。



台座正面

   経緯
 美都波女命は益城郡沼山津手永
馬場楠村曲手村辛川村及び合志郡
大津手永弓削村石原村並びに託麻
郡本庄手永鹿帰瀬村中江村吉原村
上南部村下南部村の村民に依り祭
事が行われたと申し伝えられる明
治三十二年旧三月十五日白水供合
両村民により馬場楠橋の南方に水
神社を建立せられた昭和五十五年
三月県道瀬田熊本線の道路拡幅工
事並びに橋梁掛替工事の為仮遷宮
の後現在の地に鎮座せられる
 昭和五十五年四月十五日
     馬場楠堰土地改良区
     理事長 岡本篤