菊岡倶也『建設業を興した人びと:いま創業の時代に学ぶ』

建設業を興した人びと―いま創業の時代に学ぶ

建設業を興した人びと―いま創業の時代に学ぶ

 明治から戦前、現代につながる土建企業の形成に重要な役割を果たした人々を紹介している。もとが雑誌の連載だけに読みにくいことはないのだが、それでも500ページのボリュームはなかなか。おかげで、最初のほうの内容を忘れかぶっているような。どちらかというと、引く本的な感じだな。巻末に文献の解題があるから、建築業の歴史を知るには便利な本。
 なんというか、土建企業の形成に、鉄道工事が本当に重要だったのだなというのが分かる。ある意味では、発注側と人的関係を形成できた企業が、始まりの時点で非常に有利だったのだなと。あとは、三井財閥渋沢栄一が企業形成に果たした役割など、財閥との関係の重要性。
 あと、ヤクザというか、任侠の世界との密接なつながり。仁義をきるってのは、あちこちを渡り歩く土工にとっては身分証明というか、信用形成に重要だったのかね。近世ヨーロッパの修行中の遊行職人に似たような感じで複雑なステップを踏んで身をあかす習俗があるが、非文書コミュニケーションの世界で、同じ文化に属すことを証明するにはこの種の儀礼が大事なのかな。
 伝統的な棟梁から近代企業への発展、政商から土木請負に進出した企業、建築に軸足を置いて発展した企業、北陸の治水土木から発展した企業など、いろいろなカテゴリーが紹介される。土木系では、鉄道路線の建設から水力発電という流れが、重要な流れのようだ。他に、鉄道関係の役人からの転進や親分・まとめ役、大学出身の横川民輔などの出自。番頭的な補佐役や業界団体で活躍した人、業界全体の発展にかかわった「パトロン」など、さまざまな人を紹介している。また、業界団体や実際に現場で働いた無名の人々にも目配りしている。当時の現場の情景というのは、150年も前になると、本当に分からないんだな。
 あと、鶴見騒擾事件も土建がらみなんだよな。大砲も出てくるのがすごい。あと、ヤクザと鳶の文化の差も指摘されているが。