藤井非三四『「レアメタル」の太平洋戦争:なぜ日本は金属を戦力化できなかったのか』

 太平洋戦争を金属供給の観点から見た本。石油に関連しては岩間敏『石油で読み解く「完敗の太平洋戦争」』asin:4022731575があるが、資源から見た場合、最初から勝ち目がなかったんだな。ずるずると自滅するなら、大量の人命を巻き込まずに自滅すべきだったな。
 「レアメタル」とあるが、鉄銅アルミなどのベースメタルも取り上げられている。薬莢などに大量の銅を使うために、戦争では銅の確保が重要なこと。さらに、電線やパイプなど、戦争を支えているんだなと。そして、英米で銅の巨大産地を押さえていて、これだけで既に勝ち目がないのが泣ける。生産量なんかのデータを見ると、それなりに増産されていて、努力の跡は認められるんだけど、南北アメリカ大陸やアフリカなどの資源を押さえている英米の前には蟷螂の斧状態という。日本は資源の種類はあるんだけど、総力戦を支えるような量がないのが泣き所だったな。
 鉄そのものも足りないし、さらにはそれに添加するレアメタルも足りないという無惨さで。
 最後の1/4程度は、金属資源を活かせなかった日本軍の組織論。銃弾の種類が増えまくったあたりは、もう言い訳の仕様のないダメさ加減だよなあ。資源が少ないほうが、生産輸送の手間を増やしてしまっていては、そりゃ。陸海軍のエゴの張り合いによる非効率や混乱。さらには、日本の冶金学の立ち遅れなど。
 最後は、日本軍が「総力戦」の生産力増強を理解仕切れていなかったという話。そもそも、クーデター騒ぎとか、なし崩しになだれ込んだ戦時体制では、「総力戦」を支えるだけの支持を得ることはできなかったんだろうな。そもそも、陸海軍の意地の張り合いを、誰も調停できなかった時点で、話にならなかったわけで。さらには、「天皇機関説」への弾圧に見られる神話まがいのイデオロギーを基盤にする戦前日本の体制に対する知識人階層の不信もあっただろうし。そういう、政府全体への支持を調達する手段としての民主主義ってのは、本当に強いんだなと。軍人の独りよがりの結果、役所と法律とスローガンに終始した。本当は戦略や調整分野に、企業や他の民間人を積極的に受け入れるべきだったんだろうけど、それができなかった時点で、最初から勝ち目なんかなかった。そもそも、軍隊が暴走した時点で、精神的に負けてるんだよな。


 以下、メモ:

 では、現在の中国はと見ると、国民一人当り年間一・五三キロの銅を消費していると推定されている。インドは〇・二キロのレベルに止まっている。この超人口大国が、本当の意味での先進国になるには、どれほどの銅が必要になるのか、計算しようとしただけで気が遠くなる。必要な量は計算できても、資源は有限なもので、現実に銅は地殻中に五五ppmppm=一〇〇万分の一。クラーク数と呼ぶ)しかなく、なんとニッケルよりも少ないのだ。p.16

 このあたり、『ベースメタル枯渇』asin:4532354838って本にも取り上げられていたな。銅は硫化物の鉱床から採掘されるが、経済的に引き合う高品位の鉱脈は比較的限られているとか。で、中長期的には枯渇の危険性ありだとか。このあたりの資源のボトルネックが明確に見えてきたな。あと、バクテリア使い銅を抽出 日本が新技術開発、チリで実験 - 47NEWS(よんななニュース)ってニュースも。

 兵器の世界における鉛は、前述した小火器弾、そして砒素とアンチモンを添加したものが、榴弾の子弾に使われた時代が長く続いた。そういうことで、国際情勢が緊張すると鉛が投機の対象となり、また戦争が不可避と見ると、備蓄される金属の最初の一つが鉛だった。一九三八(昭和十三)年九月のミュンヘン会談でドイツ・イタリア対イギリス・フランスの全面戦争は回避されたと思われたが、ヨーロッパの主要各国は鉛の備蓄を進め、価格は高騰した。これを見て消息筋は、結局は戦争になると判断していたはずだ。p.23

 へえ。今は銃弾でもスチール・コア弾なんかが出てきているようだが、どうなんだろう。

 戦争という生き物が銅を大食するわけは、この薬莢にある。平均して砲兵弾薬に必要な銅及び銅合金の七三%がこの薬莢に使われる。後述するように、あくまで薬莢にこだわったドイツは、銅や亜鉛の資源に恵まれていたからではなく、早くから鋼製薬莢を実用化していたから、薬莢式にこだわれたのだ。p.29

 今ではそれほどではないが、第二次大戦までの砲兵は、銅をどか食いしていたという。で、その原因が薬莢と。

 鉄鋼の需給事情は、燃料の問題をも支配した。和戦を決定する昭和十六年十一月五日の御前会議において、当時、企画院総裁だった鈴木貞一中将は、次のように陳述した。国内で人造石油を年間五二〇万トン生産できれば、「臥薪嘗胆」で対英米戦は当面回避できるだろう。しかし、その製造施設を建設するために鋼材二二五万トン、触媒に使うコバルト一〇〇〇トンが必要となる。また、この製造施設が完成するのは三年後だとした。
 三年後には日本の燃料備蓄は皆無となる。それは海軍力を喪失したことを意味する。昭和十六年十一月の時点で、時間的に間に合わないということだが、とにかくこの計画のネックは鋼材が二二五万トン必要だという点にある。三か年計画で毎年、均等に充当するとして七五万トンだ。これは昭和十六年度の供給実績の一七%に相当し、陸軍への割り当て分に匹敵する量だった。
 これを三年間続けられるのかという疑問があってしかるべきだ。結局は本格的な人造石油の製造は諦め、開戦に踏み切るとなった。結論的には、あれほど石油、石油と語られてきたのに、最終的な決は鉄鋼の需給問題で下されたのだ。p.78

 まあ、製造計画が未達成だったら、完全に死亡だしな。

 実はドイツ軍需産業のネックは、このクロムにあった。クロムがなければ、ボールベアリング、高級バネ材が造れない。それだけでも機械産業の死滅を意味する。表23で示したように、一九四三年下半期の生産レベルを維持すると、クロムは五・六か月で尽きる。それは、六か月後には全兵器部門が開店休業状態に陥ることを意味する。ただ一つでも、レアメタルが欠ければ、継戦能力を失う、まさにビタミンであることが実感させられる。p.179

 うーむ。

 ノモンハン事件で日本の技術陣がまず注目したのは、戦車の足回りにからみついたピアノ線だったはずだ。ソ連軍はこんなところにまで本物のピアノ線を使うのかと、手に取ってしみじみと見つめたことだろう。信じられないことだが、日本は敗戦まで世界のレベルに達したピアノ線を国産できなかったのだ。
 一般的にピアノ線に用いる地金は、炭素含有量が〇・六%から〇・八%の最硬鋼だ。この鋼に焼き入れをしてから線材に加工して、焼き戻しをするが、その熱処理が難しい。とにかく強度と靭性がともに求められるから厄介だ。承知のようにピアノ線からコイル・バネが造られる。より高級なバネを求めるとなると、炭素含有量を減らしてクロムやバナジウムを添加する。その場合でも、脆性をもたらす燐や硫黄といった不純物を厳しくコントロールしなければならない。特殊な用途のバネには、銅ベリリウム合金が用いられる。高級なバネ材を造れないことは、優秀な銃器が望めないことを意味する。p.187-8

 ピアノ線って、名前からの印象と比べると技術的難度が高いんだな。ドイツ製の航空機用機銃がコピーできなかったのは、バネの材質が劣っていたせいなのだとか。

 ココムの活動が始まった当初から、採鉱冶金や金属加工の企業からは、「逆ココムの方が効果的で怖い」との声が上がっていた。つまり、これらの分野に関する学術報告や技術移転などをソ連が差し止めたならば、西側の技術は停滞してしまうとの危惧があったのだ。ソ連はどこまで逆ココムを実行したのか定かではないものの、それほどまでに西側の技術先進国は、こと金属関係となるとソ連の技術水準を高く評価していたのだ。p.193

 ソ連冶金学のレベルの高さ。今はどうなっているのか知らないが。

 資本主義体制の下で、いかに効率的な軍需生産をするか、ラテナウの結論は次のようなものだった。まず、軍需生産の各部門の管理をその代表的な経営者、技術者に委託することだった。“餅は餅屋”で、消費専一の軍人には、生産管理は無理だということだ。利潤の追求や競争の原理とは無縁の官僚にも任せられないというのも卓見だ。p.230

 アメリカでも、企業家による委員会で経済動員を調整させていたしな。
 軍人だけでやろうとした日本がアレすぎるんだよな。まあ、意思決定に参画したら、あんたら詰め腹切って、戦争は回避しなさいという結論にしかならないだろうけど。


関連:「「レアメタル」の太平洋戦争 なぜ日本は金属を戦力化できなかったのか」 - 偏読日記@はてな