吉梅剛『ぼくは「しんかい6500」のパイロット』

ぼくは「しんかい6500」のパイロット (私の大学テキスト版)

ぼくは「しんかい6500」のパイロット (私の大学テキスト版)

 しんかい6500の潜航長も経験した著者が、しんかい6500運行の業務や研究者との関わり、潜航時のエピソード、深海調査の歴史などを紹介している。著者の体験したことを中心に描いているので、非常に平易に読める本。
 深海調査船の運行要因は商船関係の大学か高専を出るのが基本なんだな。マニピュレーターが現在はマスター・スレイブ式だが、しんかい2000のころはUFOキャッチャーみたいなものだったという話。それでサンプル採取できるのはすごいなあと。あとはアブラソコムツに体当たりされたエピソードやユノハナガニの産卵、チムニーを採集しようとして折ってしまった話などが印象的だった。しんかい6500の引き渡し後の初潜航で仕様変更が伝わっていなくて、沈降がとまらなかった話やフランスの深海調査船ノーティル号が荒天で回収できず清水港まで曳航された話は、結構怖い。
 最後のほうは深海調査船の歴史や将来について述べられている。しんかい6500も段階的に改良を施されていること。より広い視界を求めて、透明なガラスやアクリルの耐圧殻を使ったディープローバーやトライトンのような潜水艇が出現しているなど。ユーザーが求める方向に進化していくだろうという話。NHKのダイオウイカの撮影で使われているので、初めて知ったが、すごい時代になったものだなあと思った。あとは、水中で回遊する魚についていけるだけの機動力のある潜水船が欲しくなるわな。退役したNR-1みたいな船が広く利用できれば、いろいろと研究がはかどるだろうなあと。1000メートル潜れればかなりの海域をカバーできるだろうし。大陸棚で、運動性のよい潜水船があれば、漁業資源や鉱物、その他、いろいろな調査に活用できるだろうし。金さえあるなら、いろいろと夢はあるわなあ。


 以下、メモ:

  レジ袋の恐怖
 海底にあるのは岩や深海生物だけではない。最も数多く見かけるものはゴミだ。特に陸地に近い海域で調査を行なう際に多く見かける。試験や訓練潜航を行なうことの多い駿河湾相模湾では、これまで多くのゴミを目撃する機会があった。
 一口にゴミと言ってもその種類はさまざまで、数の多さからいうと、ビニール袋(いわゆるレジ袋)、空き缶、漁具らしきロープなどがあげられる。変わったところでは洗濯機がそのまま捨てられていることもあったようだ。
   (中略)
 こうしたビニール袋は、海中をクラゲのように漂いながら、徐々に海底に沈み、今度は地を這うように漂い、そして(海域によって異なるが)吹き溜まりのように一ヵ所に集まっていることもある。私は目撃したことがないが、そこは「レジ袋の墓場」で、白い山のようにビニール袋が積み重なって眠っているそうだ。p.52-3

 先日、『プラスチックスープの海』を読んだばかりだから、より印象深い。水面近くだけでなく、かなり深海までプラスチックゴミが浮遊していると。で、場合によってはスラスターなどに絡み付いて、運行に支障をきたすと。
 ビニール袋の吹き溜まりとかは、深海の生態系に悪影響を与えていそうだな。深海の堆積物をボーリングして、プラスチックの粒子の増減をチェックするのもおもしろそうだが、未固結の堆積物から年代をチェックするのは難しいか。

 一方、ノーティル号も調査ポイントである天竜海底谷で母船「ナディール」とともに潜航準備の最中だった。このとき突風注意報が発令されていたのだが、現場海域では風が弱まっており、潜航可能と判断してノーティル号は海底に向かったそうだ。
 しかし調査の途中で海上の風が強まったので、直ちにノーティル号は海底を後にしたのだが、海面に浮上した十六時ころには海上の風は四五ノット(約八〇キロ/時)、波の高さも五メートルにまで達していたらしい。そんな条件化でのノーティル号揚収作業は困難を極め、揚収装置が一部故障するなどの被害により、ノーティル号を曳航索(ロープ)で「ナディール」に繋ぎとめることしかできなかった。
 海上の風はますます強まり、瞬間最大風速が六〇ノット(約一一〇キロ/時)をこえる時化の中、一〇〇キロメートル離れた港へ向けて「ナディール」は懸命にノーティル号を曳航し続けた。ノーティル号の浮上から十七時間後、静岡県清水港外でようやく揚収されたノーティル号は、前方部分の外皮がすべて吹き飛び。ソーナーや舷側のスラスターもなくなってしまうという、甚大な被害を受けたそうだ。
  (中略)
 その後ノーティル号の三名の乗組員のうち、一人は母船が入港後すぐに下船して帰国、オペレーターの仕事そのものを辞めてしまったと聞いている。潜水船の中から出ることもできず、嵐に荒れる海を母船に曳航された三名の乗員は、壮絶な一夜を過ごしたに違いない。p.176-7

 この手の潜水艇はダイバーを使って揚収するから、海が荒れると回収が難しくなると。KAIKO計画のときの話。17時間、あんな小さな船でシェイクされ続けるとか、地獄すぎる…