村井吉敬『サシとアジアと海世界:環境を守る知恵とシステム』

サシとアジアと海世界―環境を守る知恵とシステム

サシとアジアと海世界―環境を守る知恵とシステム

 いろいろな雑誌に発表した文章を、再構成し、一部新たに書き下ろした本らしい。インドネシア東部地域をフィールドワークしていて気がついたことを中心にした本。大まかには、現地の資源維持システムである禁漁「サシ」について、日本とインドネシアの関わり、海でつながった人や商品の動きの三部構成。日本の影響の大きさに驚く。現地の人々に大きな影響を与え、そして環境を破壊している状況。
 第一部は資源保護システムとしての「サシ」。東インドネシアで広く見られるようだ。主に地先の海産資源保護制度として観察されるが、場所によっては農産物なども対象になっている。基本的には民俗宗教に基いたシステムのようだが、それが結果として資源保護システムになっている。一方で、このシステムは地元の集落の慣習法的なものであり、外部から入り込む人々とトラブルになる可能性があること。また、インドネシア行政法では、共同体の存在がないがしろにされ、旧来の制度の威信が低下している状況も指摘されている。
 第二部は日本とインドネシアの地域社会の関係。さまざまな商品を通じて、意外なほど現地の人々の生活に影響を与えていて、また、環境破壊の現況になっている状況。エビの養殖池がマングローブ林を破壊している事情はわりと有名だが、マングローブの木材を使った木炭が火持ちがよく大量に輸入されていること。90年代には、スマトラ島中部でブームといっていい状況になっていたらしい。また、エビの養殖への転換が地元の食料品であるミルクフィッシュの養殖を圧迫している状況。本書で紹介されるような粗放な養殖の方が、食べるほうの健康にもいいと思うのだが。
 また、第二部第三章のアラフラ海のババル島で起こった虐殺の事例が印象的。「清算されていない日本の戦後」という副題が重い。現地自活を強いられた最前線の島で起こった、物資調達をめぐるトラブルから始まった虐殺事件。インドネシアでも、日本軍は結構やらかしているんだな。そして、報告書類を改竄していたりするという…
 第三部は海でつながる世界。国境とは別の繋がり。東南アジア一帯に広がる漂海民バジャウの話。定住化政策とか、インドネシアとオーストラリアを股に掛けた漁業活動。それが直接中国を中心とする国際的な商品流通に接続している有様。
 フカヒレやナマコだけでなく、白蝶貝や高瀬貝、ツバメの巣、極楽鳥やオウム、ジュゴンの歯など、国際的に規制されているものも含めて、地域社会から直接国際流通に接続している状況。その流通に華人商人が重要な役割を果たしていて、技術移転なども行っている状況などなど。


 以下、メモ:

 そうしたなかで、九六年末にはデパプレと結ぶ道路が完成した。この道路は、おそらく村を一変させるだろう。皮肉なことに、村と町が直結し、クルマやテレビが来たり、もろもろの消費財が来れば来るほど、NGOによる活動が活発化していく。村人が自ら選び取る「開発」でないかぎり、村の本来の豊かさが失われていくというのが、私が東インドネシアで感じた開発の絵模様である。p.42

 地域の人々の主体性の問題。

 一〇〇キロのロープで、二〇〇〇匹ものミルクフィッシュが必要になる。それで釣れるマグロはせいぜい三‐四匹のことも稀ではない。まったく獲れない場合もよくあるらしい。インドネシア地域研究者の福家洋介さんがブノア漁港を基地としている台湾の小型マグロ延縄船の関係者から聞いたところでは、およそ二週間の操業で一トンのミルクフィッシュを消費するという。月二回の操業として、年に二四トンになる。台湾船だけで二〇〇隻いるから、年五〇〇〇トン近い消費である。ミルクフィッシュの価格は八七年から九〇年の三年間で四倍にも値上がりしたという。日本人の胃袋のために、これほど地元の魚を使ってしまってよいのだろうか。p.90

 意外なところで与える影響。もう、四半世紀も前のことだが。