生方幸夫『解体屋の戦後史:繁栄は破壊の上にあり』

 解体業者の側から見た、戦後経済史。高野静雄率いる高野工業所がどのようなものを解体してきたかを聞き書きしている。設備投資にともなう既存施設の撤去が多く、その時々でもっとも拡大している産業が見えてくるのがおもしろい。また、最初の朝鮮戦争で使われた戦車の解体を引き受けて、その鉄材が東京タワー上部のアングル材に使われたエピソードも興味深い。商社や東京タワー建設の関係者を訪ね歩いて、非構造部分に戦車の鉄材が使われたことを確認している。
 鋳鉄管の材料になる自動車エンジンスクラップの分解、の新潟地震で火災を起こした石油施設の解体、高度成長期に次々と拡大される高炉メーカーのプラント解体、自動車の生産ライン入れ替えにともなう既存ラインの撤去などなど。石油ショック以前には、鉄鋼メーカーや化学メーカーなどの重化学工業のプラントの解体、80年代以降は自動車のラインの解体の比重が高まると、日本の主導的な産業の入れ替わりを鮮明に表しているのがおもしろい。解体の需要が高まるのは、設備投資が盛んで次々と既存設備を入れ替えていく時なんだなというのがよく分かる。あとは、水俣チッソのプラント解体をめぐって、なんかいざこざがあったらしきこととか。
 ラストは、一般的な話になって、原子炉の解体の話や産廃の処理の問題など。コンクリートが「作る時高くて、壊す時高くて、捨てる時も高い」ってセリフがおもしろい。
 グアムのスクラップ自動車処理のために高野が個人で作ったエセコ・リミテッド社の話も興味深い。グアム政府は資源として金を払わせようとするが、運び出して解体するとなると処理料をもらわないと足が出るという、利害の対立。90年代半ばと言えば、スクラップの価格がめちゃくちゃ安かった時期だから、そういうことになったんだろうな。スクラップ価格が上がった現在はどうなっているのだろうか。日本国内でも放置自動車が消えるみたいなことが起きていたようだし。改めて、90年代は資源が以上に安かったんだよなあと思い起こさざるを得ない。あの当時は、現在のような資源高が短期間に起きるとは想像もしなかった。


 以下、メモ:

 入札には米軍のサージェントが立ち会い、落札した日本の業者は日本円で納金することになっていたという。尾関が落札したのは米軍の「M4」「M47」という二種類の戦車だった。M4は重さが約三十トン、M47は約四十トンで、総数約九十両総トン数は約三千数百トンに達した。五三年七月に戦後初めて米国商務省が屑鉄の対日輸出を認めたが、その時の総トン数が八千五百トンだったというから、いかに戦車が大きな取引だったか分かる。p.21

 本書の写真を見ると、M-26パーシングか、M-46パットンのどちらかみたいだけど。M-47の砲塔後部のバスルとは明らかに形状が違うし。シャーマン系とパーシング系は、朝鮮戦争に大量に投入されて余りまくっていたから、日本で解体されても不思議ではないと思うが。この時期になると、旧式戦車だし。
 あと、やはり戦車は重いんだなとか、わりといい材料を使っているはずだから、建設用にはまあ悪くない素材だよなとか。
 第三世代の戦車だと、解体が大変そうだよなあ。複合装甲なんかは完全に埋め立てゴミにしかならないだろうし。あと、ヴェトロニクスの撤去がめんどくさそう。

 戦車解体には後日談がある。一つは戦車の重量が当初の見積もりよりも多少多かったことだ。これで尾関は予定よりだいぶ儲かったという。それと、高野はなかなか話そうとしなかったが、戦車のシャフトの軸受から銀がとれたという。「最初はバビット(アンチモン・銅・鉛を少量入れた錫の合金)かなと思って溶かしてみたら銀だった。トータルすると十キロくらいとれたね。すき焼き鍋とか置物にしてみんなやっちゃった」と高野は言う。どうして銀が使われていたのか、いまとなっては謎だ。p.26

 戦車の軸受に銀を使っていたとか、にわかには信じられない話だが。

 しかし、手ばらしだから効率は上がらず、ベテランでも一日に三十台壊せればいい方だった。したがって、人海戦術でこなすしかなかった。高野たちは久保田鉄工の隅田川工場や東京製鉄の岡山工場でほぼ同時に作業を進めていたが、六十人以上の作業員が常時必要で、慢性的な人手不足だったという。p.47

 スクラップとして輸入したアメリカの自動車エンジンの解体。ガソリンが残っているから切断できず、手ばらしで手間がかかったと。今では、こういうのが途上国に行っているのだろうか。

 儲かった話ではないが、解体をしていて面白いものが出てきたことがあるという。(中略)また、滝野川造幣局のプレス機を解体した時には、中からまだ字が彫られていない百円玉や十円玉が出てきたという。p.95

 この場合、板から打ち抜いた段階ということか。で、この後模様を彫ると。→http://www.mint.go.jp/operations/production/operations_coin_process01.html

 そう言われると、超高層ビルなんかを解体するのはどうすればいいのか心配になってしまう。しかし「ああいうのは山みたいなもので、半永久的な構造物と考えていい。だから内装や外装を変えればいいのであって、建物そのものを解体することは考えなくていい」との返事だった。p.210

 他社をにらんでの言葉だろうから額面どおりに受け取れないけど、20年前はこういう感覚だったんだなと。いまでは、超高層ビル解体の技術がいろいろと開発されているようだが。→スーパーゼネコン5社 高層ビル・超高層ビルの新解体工法が勢揃い!: 東京・大阪 都心上空ヘリコプター遊覧飛行