井上章一『増補新版:霊柩車の誕生』

増補新版 霊柩車の誕生 (朝日文庫)

増補新版 霊柩車の誕生 (朝日文庫)

霊柩車の誕生

霊柩車の誕生

新版 霊柩車の誕生 (朝日選書)

新版 霊柩車の誕生 (朝日選書)

 近代の都市の葬送文化とその中での霊柩車の位置について論じている。むしろ、文化史的な流れの中の霊柩車といった側面が強い。霊柩車の誕生そのものについては、割ときっちり分かっているというのもあるが。1984年出版だが、文庫版にはその後の衰退の過程についての章が追加されている。
 第一章は、霊柩車の地域性や、出現、それがどのように見られていたかについて。霊柩車が都市部に集中していた状況。現在は廃業した米津工房が地方都市を占有し、東京関西名古屋北陸には独特の霊柩車の意匠とメーカーが存在したこと。宮型の地域分布の偏差などが紹介される。
 霊柩車の運用は、大正6年ごろに大阪や名古屋で始まり、和風の宮型霊柩車は大阪の葬儀業者駕友が大正末から昭和初期に製作を開始し、そこから分譲された車両から各地域で独自の発展を始めたこと。その原型は葬列の輿や棺車(霊柩人力車)であったこと。また、宮型霊柩車の意匠は美術的な約束事に従わないキッチュなものであったため、建築家などの知識人層に不評だったことも紹介される。


 第二章は、霊柩車出現の前史として、明治時代の葬送について。
 近世には、葬儀には公的な決まりがあり、規模の拡大や顕示的な葬列は規制されていたが、近代にはいりその規制がなくなり自己顕示のための規模拡大が可能になったこと。また、大名行列などの奴が近代に入り失業し、大名行列の奴の技術が葬列に転用され、葬儀業者の規模が拡大したこと。需要側と供給側双方の事情が重なって、葬列の巨大化・華美化が進んだ状況を紹介する。スペクタクル化した葬列は、それに動員される大量の人足、逆に引き出物をもらうことで生計を立てる「おともらいかせぎ」と言った形で、都市下層の生計に大きな影響を与えていた。
 第三章は大正時代にはいってから。明治時代に繁栄を極めた葬列は大正時代に入って、急速に衰退する。交通事情の変遷にともなって、市電や車両が道路を占めるようになって、葬列が組みにくくなったこと。近代にはいってから進んでいた、葬儀の「聖性」の衰退。それが頂点に達した結果、葬列は急速に衰退していく。聖性の衰退、都市のスプロール的拡大による墓地と居住地の距離の拡大、時間の経済という意識の浸透に対して、霊柩自動車の導入と言う回答がはかられた。一方で、葬列の構成要素は宮型霊柩車の部分部分の意匠として再構成される。また、棺車や霊柩車など、社会の下層で導入された要素が、上層に浸透していく状況が、「大衆社会」の出現と関連すると指摘する。
 第五章は、80年代以降、宮型霊柩車の衰退の局面について。高度成長期以降、葬儀の場が自宅から斎場に集約され、霊柩車の移動ルートが集約されたことが、沿線住民の反発をまとめたこと。宮型霊柩車の改造が自動車に無理をかけていたため、霊柩車の改造部分は縮小を続けていたこと。沿線への葬祭の顕示を諦め、むしろ斎場や火葬場の荘厳に注力されるようになった流れなどが指摘される。
 第四章は、霊柩車に関わるいろいろ。そういえば、霊柩車を見たら親指を隠すってのは、小学生の頃聞いたな。二番目の、霊柩車が道交法から微妙に外れた存在であるという指摘も興味深い。陽明門霊柩車の商標争いとか、欧米のガラス張り霊柩車とか。ヨーロッパの国葬なんかだと、棺は砲車に載せられてむき出しなんだよな。そのあたりの文化の違いも興味深い。


 以下、メモ:

 極貧の御方にして葬費に困難の場合は勿論なれ共、然も紳士紳商と屈指の富豪大家にして、葬列を廃し平然愧る所なきは尤も怪むべく疑ふべきものなり、此等の人々が之を為すに於ては都下一般を風靡して害毒を流すの弊あり……一般此の如き風儀が流行せば、人道は次第に消滅して遂には死体を山谷に委棄するの極に到らんか、是れ実に痛歎の至りなり。p.146

 散骨なんかは、まさにこういう動きの行き着いた果てって感じがするな。すると、葬儀の変化の歴史は近代を通じて動いてきたのか。

 まず、京阪神急行(阪急)電鉄千里線の事例である。これは、もともと北大阪電気鉄道が施設したものだが、近年、その創業のいきさつが明らかになってきた(末尾至行「『北大阪電鉄』誕生の経緯――私鉄発達史のの一齣」『日本文化史論叢』柴田実先生古希記念会 昭和五一年)。それによれば、同線では終着駅に葬斎場の建設を予定していたという。p.159

 葬式電車を当て込んでの、路線建設ってすごいな…


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