NHKスペシャル深海プロジェクト取材班+坂元志歩『ドキュメント:謎の海底サメ王国』

ドキュメント 謎の海底サメ王国 (光文社新書)

ドキュメント 謎の海底サメ王国 (光文社新書)

 ダイオウイカに続いて制作された深海プロジェクトの番組。こちらは、深海を中心としたサメをテーマに。主な主題は、メガマウスの撮影とクジラの死体を深海に沈めて観察する実験。番組を見たときに、おもしろいと同時に、何か物足りない感を感じたのだが、かなり素材集めに苦しんだのだな。ダイオウイカの方とは対照的に、サメ班のほうは機材トラブルに見舞われ続けたと。結果、クジラの死体に接近することもままらなかったと。
 逆に、クジラの遺体の発見に時間がかかったため、カグラザメが最初に食べるところを撮ることに成功した側面もあると。潜水艇が近づいてくるときは、カグラザメ接触を避けていたらしい。最悪、一度も遭遇せずに終わった可能性もあるのか。ダイオウイカで、警戒されないようにライトの波長に気を遣った描写があるが、サメ相手にも、そういう気配りが必要だったということか。深海で生物を観察することの大変さ。
 マガマウスに関しても、全国の定置網に声をかけて情報を集めたが、撮影する前に定置網から出されていたり、ついたときには弱っていたりで、なかなか撮影がうまく行かない。2013年1月に、やっと撮影に成功するまで、映像素材の確保に苦戦したと。
 サメのほうも、ダイオウイカに匹敵するレベルで苦戦していたのだな。


 以下、メモ:

 群馬県立自然史博物館に高�它祐司を訪ねたときのこと。結城は、なぜサメは深海へと移動したのかと高�它に質問した。
「テチス海(約2億年前から数千年前まであった海。すべての大陸が一つであった超大陸パンゲアの分裂に伴い、形成された)が開いていくことで深海ができ、環境が多様化しました。それに呼応するように、まずハダカイワシなどのサメに食べられる側にサカナたちが深海へと下りていき、餌に呼応してサメも生息域を広げたのではないかと考えています」
(なるほど、餌となる生きものが深海に適応して、サメにも深海へのニッチ〈生態的地位〉が開いたのか……)p.85

 へえ、テチス海の変動って、影響が大きかったのだな。深海の形成、そこに餌となる生物が進出。それを追って深海サメが出現と。

 探ってみると、サメの化石にはもう一つ興味深い話が隠れていた。それは、アゴの進化だ。
 結城の大学の後輩にあたる冨田武照博士(現・北海道大学総合博物館研究員)は、結城が取材した当時、東京大学でサメの研究を行っていた。
「サメはアゴを外すことで、多様化し、広がることができたと考えています」
 冨田は、サメの機能形態学の専門化で、化石や現生の生きものの身体の構造を詳しく見ることで、化石ザメの生態や行動を解き明かそうとしている。
「サメのなかでも古いタイプのものは、ラブカのように口が身体の一番前側についていて、普通の魚のように閉じ開きしかできません。ところが、ある時代からサメの仲間にアゴを外すものが現われるんです」
 冨田の説明によれば、アゴが外れることで、下アゴが飛び出して一気に口を大きく開くことが可能になった。そして、口の中の体積が大きくなったことで、勢いよく水を口に入れることができるようになったという。
 このようにして、泳がなくても海底でじっとして生きられる現生のトラザメのようなサメたちが現われた。さらに、その外れたアゴを使って口を飛び出させ、噛みつくことができるようになっていった。ミツクリザメがその典型だ。ホホジロザメなども、吻先を上方に向け口を前に出して鋭い歯で噛みつくことができる。
 さらにほかの種類では、小さなプランクトンなどを大量に取り込むことができるようになったことで、群れている大量のプランクトンを狙い、身体を巨大化させるものまで出てきた。それがジンベエザメやウバザメ、メガマウスだというのだ。
アゴを外すことで、巨大化への道もできたわけです」p.91-2

 上あごと下あごの骨を分離させることができるようになったことが、サメ類の多様化を促進したと。

 ホネクイハナムシは泳ぐことはできない。したがって幼生のときに海流で流される以外に別の棲み家に移動することは不可能だ。
 藤原によると、熱水噴出孔で暮らしている生きものなどもそうだが、分散に関しては非常に謎が多いという。
相模湾の水深900mと全く遺伝的に同種のものがカリフォルニアのモントレー湾の水深1000-3000mに沈んでいるクジラの骨から発見されたんです。それも一種類ではなく、何種類も」
 カリフォルニアと相模湾、距離を考えれば、互いに隔離状態となっていてもよさそうな場所だ。長い期間、隔離状態にあれば、世代が変われば変わるほど遺伝的に違うものになるはずである。ところが遺伝的に同じものが複数存在しているという。それは、現生でつながっているか、あるいはごく最近まで遺伝的につながっていたことを意味する。そうなると太平洋の向こうとこちらを迅速につなぐ何かが必要になる。p.177-8

 不思議な話だな。ウナギのように片方から供給され続けている可能性もあるが。海底に沈んでいるクジラの死骸の距離が20キロ程度で、それらをわたって交流している可能性があると、あとのほうで紹介されているが。興味深い。

「栄養が豊富なところでは、その環境に適した限られた生物が他を圧倒する傾向にあります。同じ浅いところでも、北の海は栄養塩に溢れ、光合成が盛んで、イワシならイワシが大量にいる。生物量としては非常に多い。漁場としてはとてもいいのですが、生物の種類はあまり多くない。逆にサンゴ礁は、貧栄養の海域で、太陽光はあるけれど栄養塩がないので、一次生産者が少ない。それゆえ。環境にパッチ状のニッチができるんです。そのニッチそれぞれにいろんな生きものが入っていくから、生物の多様性はすごく高くなる」p.183-4

 へえ。