佐藤克文『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ:ハイテク海洋動物学への招待』

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)

 バイオロギングによる研究を、生き物に取り付けるまでを含めて、描いている。むしろ、生き物に取り付けて、ロガーを回収するのが大変なのだな。最初は、確実に元の場所に帰ってくる子育て中のペンギンや同じ場所に戻ってくるウェッデルアザラシ、二度同じ浜に産卵するウミガメなど、確実に最捕獲が見込める生物を狙うことになる。本書は、7年前に出版されたものだが、同じ分野で今年刊行された渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』が、より多くの生物を対象にしているのは、この分野が日進月歩ということなのだろうか。
 しかし、使っている装置のハイテクさと裏腹に、それを回収するまでの活動の泥臭さ。極地での長期のキャンプ生活とか、寒い場所とはいえ、同じ服をローテーションで着るとか、なかなかきつそう。毎日、定時に起きてパトロールをして、取り付けた生き物の帰還を待つ。なかなか起きてこない共同研究者をたたき起こすために、テントの横でスノーモービル吹かすとか、鬼畜なw あるいは、ロガーを取り付けるため、動物を捕獲する方法のノウハウ蓄積など。アザラシにロガーを取り付ける際には、動くため取り付けに苦労したエピソード。動くアザラシに麻酔を吸わせて眠らせる。春のアザラシは移動しやすいとか。そのような苦労から、間接的とはいえ、さまざまな海洋生物たちの水中での振る舞いが明らかになる。
 こと、相手が生物だけに、取れたデータが最初の目論見には使えず、なんとか他の事に使えないかと首をひねったあげく、別の視点から研究に流用できたりする。応用力が必要そうな研究だな。
 ロガーが回収できない事例もちょくちょくあるようだが、どの程度の喪失率なのだろうか。あと、バイオロガーって、いくらぐらいするのだろうか。特注品だけに、けっこう高そうだけど。渡辺の著作では、一定期間後外れて、電波を出して知らせるロガーが多用されているが、2007年の時点では、まだ研究実績が少なかったのだろうか。


 実際に明らかにされた事実も興味深い。
 カメが、水温の1-2℃程度だが体温を高く、一定に保っている。一方、ペンギンは潜水時、内臓など潜水に必要ない部位への血流を減らして、体内の酸素の消費を抑える。結果、胃内の温度は激しく上下する。
 あるいは、加速度計から得られたデータ。ペンギンは潜水前に息を吸い込んで、それを浮力材とし浮き上がる。このため、吸い込んだ空気が中性浮力になる深度までは、体を動かして潜る一方、浮上時にはほとんど運動をしなくて良い。また、潜る深さに合わせて、吸い込む量を調整する。逆に、ウェッデルアザラシは脂肪を浮力材にしている。昭和基地周辺の痩せた個体は、潜る際には落ちていく形で潜水できるが、浮上時には必死で泳ぐ必要がある。しかし、アメリカのマクマード基地近辺の太った個体では、ほぼ中性浮力で、潜行時も、浮上時も、ひれを動かして動く必要がある。
 ウェッデルアザラシの章もおもしろい。母親が子供の泳ぎの練習に付き合っている写真が撮影できた下り。あるいは、アメリカのマクマード基地の母親は脂肪をたっぷり溜めて、大半の期間餌採りをしないが、後半脂肪のたくわえが減ってくると餌採りの深い潜水を行う。あと、年若い母親ほど子供の泳ぎの練習に付き合ったり子供に手間をかける一方、年取った母親はそのような活動が減っていくってのがおもしろいな。人間も、そんな感じで段々手間が減っていくけど、野生動物も同じなんだ。あと、保身と子供のジレンマで、先がある若い母親は、人間が近づくと早々に諦めて逃げ出し、先が何度あるかわからない高齢の母親は必死で守ろうとするって対照も興味深い。
 待ち伏せによる捕食を避けるために一斉に飛び込み、浮上のタイミングを合わせる。あるいは、氷の高さに合わせて飛び上がっている。一列になって歩くのは歩きやすくクレバスなどの危険性の少ない場所を確実に歩くためなど、ペンギンに生態もおもしろい。