市大樹『すべての道は平城京へ:古代国家の〈支配の道〉』

すべての道は平城京へ: 古代国家の〈支配の道〉 (歴史文化ライブラリー)

すべての道は平城京へ: 古代国家の〈支配の道〉 (歴史文化ライブラリー)

 奈良時代の交通史の本。風邪引きの状態で、切れ切れに読んだから、どこまで理解できているかはちょっと。奈良時代の政権が建設した直線道路とそれを通じた地方支配、駅伝制の形成運用、使者の派遣に関する制度、道路を通じて都と地域を往来した人々についてといった構成。こうして奈良時代の本を見ると、意外と文字史料が残っているのだな。特定の地域について深くとなると難しいけど、全国規模の「制度」なんかは追う事ができると。
 奈良時代の交通について、制度的視点から、概観している。


 最初は直線道路の建設の話。道路建設が、政権の支配を貫徹させるための手段だったのだな。
 風土記の夜刀神のエピソードが、街道の駅を設置するための開発行為に関するエピソードだったそうで。各地に駅家を設置し、それを維持するための集落を置いていくというのは、在地の勢力の間に中央が割り込んでいく行為そのもので、抵抗は強かっただろうな。あるいは「国境」の画定とか、交通をめぐる習俗の改変など。まさに「支配の道」だったことが活写される。
 直線道路は7世紀中葉に奈良盆地大阪平野で建設され始め、後半になって全国に建設が拡大する。必ずしも、高規格の道路で統一されていたわけではなく、奈良時代には、ネットワーク上の道路配置であった。これが、平安時代に入ると整理縮小され、駅路網は七道の幹線のみに縮小されている。


 続いては、駅制と伝馬制の展開。
 駅路の利用は、緊急時の連絡用として制限されていたこと。駅家の維持のために、集落が設置され、そこが産出する物資で連絡用の馬が養われた。主要な公的往来は伝馬を利用して行われた。郡家が拠点であったことや伝符が利用証になっていたことなど。


 三番目は、使者の派遣について。会計帳を利用した、誰に食糧などを給与したかの検証が興味深い。さまざまな公用交通者に給与されていた一方、その基準は土地ごとに非常に違っていたという。あと、朝廷から、巡察使など出先で業務を行う使者を派遣する際には、天皇の許可が必要であったこと。地方から使者を派遣する際には、官庁などで必要事項を説明できる人間が必要だった話など。


 次の章は、平城京へ向って、移動する人々について。外交使節、税の輸送など。外交使節に国威を見せるため山陽道などの駅家は、瓦葺に白壁と立派な建物が維持されたこと。そのための負担が大きかったことなど。
 教科書にも出てくる庸調の運搬。人が担いで輸送していたとされてきたが、単純に法令に規定がないだけで、駄馬や船を利用していたのではないかという話。まあ、わざわざ効率悪い方法をとるのは不合理だしな。一方で、庸調の輸送に必要な食費などは、自弁が基本で、それはそれで負担であったこと。
 他に役民や防人、窮乏者など。


 最後は地域間交通について。移動する人々は、先だって「遊牒」を送り便宜を以来したこと。通行証である過書などは、当事者の持参が原則であったこと。文書の逓送業務。あるいは郡符や召文など、一般人を呼び出す文書が内容を読まれたのではなく、文字で書かれたものであるという権威性で利用された話など。

 この問題については、青木和夫氏による興味深い研究がある(青木和夫「駅制雑考」『日本律令国家論攷』岩波書店、一九九二年)。青木氏は、軍事上・外交上の大事件が現地に発生した日付と、朝廷にその報告が到着、ないしその報告に対する措置を決定した日付との差を調べることによって、緊急時の伝達速度を推し量るという方法をとった。考察の結果、基本的に奈良時代には、大宰府平城京間は概ね五日以内、陸奥平城京間は七日または八日以内で連絡していたことを明らかにした。一日あたり十駅、つまり三〇〇里(約160キロ)以上を進むという令規定は守られていたことがわかる。
 ところが平安時代になると、徐々に伝達日数が嵩み、専史を派遣する事例が顕著となる。森哲也氏が指摘するように、本来は逓送によるべき飛駅が専使中心に変化したのが原因である。それは専使であることが強く求められたからではなく、駅制全体が衰退し、駅家ごとの逓送が難しくなったからである。伝達途中における停滞を回避するためには、専使をたてた方が、使者自身の疲労のため伝達日数が増加したとしても、より確実である。また専使を複数たてることで、いずれかに不測の事態が生じても、確実に伝達できるようにしている。また時代がくだると、脚力(徒歩による連絡員)の比重が高まった。p.148-9

 平安時代の制度の弛緩。まあ、奈良時代がある種、戦時体制であったのに対し、平安時代はそういう緊張がない時代だったんだろうな。そうなれば、コストのかかる制度を維持しなくなる。