長沼毅・井田茂『地球外生命:われわれは孤独か』

地球外生命――われわれは孤独か (岩波新書)

地球外生命――われわれは孤独か (岩波新書)

 地球の極限生命の検証から、地球外の惑星で生命が存在できるかどうかを検証した本。結局のところ、生命がどういう条件で出現したか、そこが明らかになっていないから、なんともいえないような。微生物レベルでは、結構存在するかもしれないが、多細胞生物となると敷居が高くなって、さらに「知的生命体」はほぼないんじゃないかなといった感触。
 第一章は極限環境の生命たち。地中生命圏や高温・乾燥・放射線や塩分といった生命に厳しい環境について。滅菌が121度で20分だが、121度に耐えられる微生物が存在したり、圧力と温度の状況によっては、かなりの温度に耐えられるとか。地中でも、光合成生物の生産した有機物の影響が及んでいるってのも興味深いな。堆積岩の有機物を利用して、微生物が生きている。ただし、その生命圏は非常にスローであると。イオウ酸化細菌と硫酸還元菌を利用した、サイクルの話も。
 第二章は、生命の進化の話。遺伝子暗号が最初は単純なものから複雑化したという仮説や生命が黄鉄鉱の表面で誕生したというパイライト仮説の紹介。あるいは、生殖細胞の起源が、酸化から遺伝子を守るためだったという指摘。そこから、有性生殖への展開。情報処理から知性へ。脳というエネルギー食いの機関を維持するには、酸素呼吸が前提になるという。
 第三章は、パラメータをいじったら、生命現象はどうなるか。水が液体として存在できる「ハビタブルゾーン」に位置すること、陸が適度に存在しミネラルを海中に供給できること、月の存在。特に、偶然の要素に左右される月の存在が、生命の存在に与える影響の大きさ。自転軸の安定性が損なわれ、頻繁に気候変動が起きた可能性もあるわけで、大きい月の存在は地味に重要なのかもしれない。しかし、月が重要となると、生命の敷居は飛躍的に高まるな。あと、M型惑星で、多数の「ハビタブル惑星」が発見されているが、暗い恒星では公転軌道が非常に近く、自転と公転の周期が一致してしまうそうな。そうなると、生命、特に多細胞生物による多様な生態系というのは、存在しがたいように思える。
 第四章は、太陽系の他の惑星に生命がいるかどうか。火星や土星木星の衛星に、可能性があることが紹介される。火星は、かつては水が液体で存在し、可能性はあるが、現在のところ明確な証拠は確認されていないと。また、木星の衛星エウロパとガニメデでは、潮汐加熱による液体の海が地中に存在する可能性が高いこと。特にエウロパは表面が活発に後進され、内部の海には酸素まで供給されている可能性が高いそうだ。土星では、エンケラドスの火山活動とその噴出物から検出された有機物の存在。あるいは、タイタンの液体メタンの海が育む、「油の海」の生命の可能性。
 第五章は、系外惑星の知的生命体をどうやって観測するかの話。系外惑星の生命を観測するために、いろいろな方法が工夫されている。海面と陸地の反射率の変化から、おおまかな地図を描く方法。あるいは、植物が特定の波長を強く反射していることから、それを応用しようという考え。バイオマーカーの検出など。アイデアはいろいろと出てくるものだな。M型恒星では、どのようなハビタブル惑星が存在し、そこではどんな生物が存在するか。生命は誕生しても、文明を築くのは難しそうな。最後は、電波を使った交信の試みなど。なんか、一桁光年が意外と近いように思えてくるな。


 以下、メモ:

 それに比べて、地下生物圏は非常にスローな世界と思っていいでしょう。例えばある研究によると、地底の微生物は一回分裂するのに一〇〇〜一〇〇〇年かかるというのです。このようにスローな生き方を、従来型の生物学では「停止した生命」(suspended animation)と言いますが、地底の生物は停止しているわけではなく、ただ遅いだけなのです。
 私たちは今までスローな生物学を研究してこなかったので、これからどのようにアプローチしていこうかと考えているところでう。つまり、「Life in the slow lane」の生き様を研究する方法そのものが研究対象なのです。p.16-7

 1000年に一回しか分裂しない生物を、人間が観察するのは、ちょいとばかり難しそうだなあ。文明が滅んじまう。

 生物、とくに微生物にとって油はやっかいな物質です。なぜなら、生物の細胞膜はそもそも油なので、微生物を油の中に放り込むと細胞膜が溶けてしまうのです。細胞膜とは、細胞の中にある水っぽいマトリックス(細胞質)と細胞の周囲の水とを仕切るためのものだからです。
 油成分――専門的には有機溶媒と言うのですが、例えばベンゼントルエン、キシレン、三つ合わせて通称BTX――の中に微生物を突っ込むと、ふつうなら膜が溶けます。それが溶けないでいる微生物が見つかりました。なんと細胞壁の保水力がすごく強い。細胞の周りにガッチリと水の層を作って、有機溶媒との直接接触を防いでいるのです。これが今のところ、地球生物としては油に対する最強の戦略です。
 セキユバエ(石油蝿)というハエの幼虫は、自然の原油プールに浸かったまま生活しています。必ずしも原油を食べるわけではなく、原油プールに落ちた他の虫などを食べるようですが、それでも消化管に原油が入り込むことは避けられません。ふつうの昆虫ならそれで死んでしまうところですが、セキユバエの幼虫は平気です。セキユバエの幼虫は、“油の生命”を研究するうえで重要なモデル生物になるかもしれません。p.29-30

 生物は油が苦手。一方で、そのニッチを果敢に開拓している生き物もいると。

 生物にとってまず重要なのは遺伝子です。しかし、すべての細胞が有害ラジカルから自分の遺伝子を守ろうとすると、それは酸素嫌いの嫌気的なまま進化しないことになってしまいます。その代わり、多数が集まって真ん中に嫌気的な部分をつくり、その奥にいる細胞に遺伝子の保持役を担わせるわけです。外側の細胞は酸素呼吸で活発に活動します。遺伝子を継承するのは嫌気的な“奥の院”にある細胞です。私(長沼)はそういう“奥の院”の細胞が、生殖細胞、特に卵子や卵細胞の集まりになったのだと思います。実際、現生の多細胞動物の卵子は細胞塊の奥深くに守られていて、そこでは酸素濃度は低くなっています。p.69-70

 生殖細胞の起源。へえ。

 リンが海に入ってくるためには、大陸が海面上に顔を出し、雨水に打たれて浸食されて出てくるしかありません。そこで、四〇億年前にはほとんどなかった陸地がだんだん大きくなってくる過程で海中のリンが増え、それが生物の量を決めていたのではないかという考えがでてきます。p.103

 大陸と、そこから供給されるリンの量が、生物にとって重要だったと言う指摘。