歴史関係記事メモ

[歴史]あとがき20 【祝・世界記憶遺産】「東寺百合文書」以前: 網野善彦『中世東寺と東寺領荘園』(東京大学出版会、1978) - あとがき愛読党ブログ

 京都府立総合資料館で整理が終わる80年まで、研究者は東寺百合文書の現物を閲覧することがかなわなかった。また、活字版も、出版が途中までで止まっていた。
 この時代、東寺百合文書へのアクセスは、東大史料編纂所の影写本をみるのが基本だったと。また、白川本と呼ばれる松平定信によって作られた写本など、近世写本も、影写本や京王護国寺文書に入っていない文書ではよく使われたと。
 しかし、府立総合資料館に購入され、整理が始まった過程で、未公表の文書が数千点レベルで発見。網野善彦は研究の方向を変えたと。史料へのアクセスが研究を左右する。これは、どこでもそうだろうな。
 東寺百合WEBで、アクセス環境は劇的に変わったと。

[歴史]その道、その橋、その町は、なぜそこにあるのか? |ブログ|NHKエコチャンネル

 集落や道路の歴史。車道ができる前の道は、人間が通りやすいところを選んでいるので、似たようなところが道になる。橋がかけられる場所は、それ以前から渡渉しやすい場所が多い。町ができるようなところは、ちょうど山から出てきて、水も豊富な、「理にかなった」場所にできる。集落の配置や峠道には、歴史が詰まっていると。
 そして、そういう場所を、人々は自力で守ってきた。近代都市とは、生活感覚が相当に違うんだよな。近代都市でしか生きられない人間だけどさ、こっちは。
 前近代には山の方が暮らしやすかったというのは、ヨーロッパでもそうなんだよな。ブローデルの『地中海』でも、人口保持力は低いが、生活に必要なものは揃いやすい場と指摘している。あと、前近代には、山の方が疫病の危険が少なかったというのはありそう。低地の湿地は、疫病の危険地域でもある。マラリアとか、寄生虫なんか。そう考えると、前近代には山の方がすみやすかったんだろうな。

[歴史]一升瓶を使った「昔ながらの瓶搗き(びんづき)精米」の嘘

 第2次世界大戦の時、日本は15年近く戦争を続けていたから、それ以前のことを知らない人間が出てきても不思議じゃないんだけどね。今でも、高度成長以前のことがよく分からなくなっているし。
 自分たちがやっていたことを「伝統」と考えてしまう。
 実際には水車精米や機械精米は戦前には存在していたこと。ガラス瓶、特に一升瓶の普及が昭和に入ってからのこと。二点から、そう古い時代からあったものではないと。

[歴史][熊本]阿蘇山信仰−古坊中− ふるさと寺子屋 お役立ち便利帳 熊本県観光サイト なごみ紀行 くまもと

→佐藤征子『山岳信仰と西巌殿寺』
 廃仏毀釈は本当に害悪だな。阿蘇山上の山岳寺院。戦国末期と明治期の二度、廃絶の危機にさらされたと。平成13年の火災で寺宝消失か。

[歴史]イギリス料理がまずくなった5つの理由 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

 もともと、肉ばっかり食う志向で、野菜は少ないという、バリエーションが少ない状況にあった。さらに、上流階層が「質素」を旨とし、料理に無関心であったこと、フランス文化の排斥などが、上流での料理を発展させなかった。14歳くらいで奉公にでること、産業革命による人口の移動によって、民衆レベルでも伝統・郷土料理が断絶する。結果、イギリスの料理文化は非常に貧しいものになったと。さらに、新興階層が、質よりも、見た目を優先させたことが、状況を悪化させたと。


 まあ、イギリスは、「伝統料理」といっても、あまり彩りのあるものにはなりそうにないけど。あと、19世紀以降、流通が拡大したことが、逆に悪い影響を与えたのかもな。
 そういえば、イギリスだけではなく、ドイツ北部や低地地方あたりでも、基本的にはあまり料理が発展してない印象があるな。寒冷地で生態的に貧しい上に、プロテスタントの質素倹約の思想が、食文化を発展させない。『ハプスブルクの文化革命』という本で、北ドイツの人間がウィーンの食道楽を非難するくだりがあったけど、そういう志向があるんだろうな。

[歴史]【サーモン】鮭缶の世界侵略の歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

 そういえば、鮭缶ってあまり食べたことないな。そもそも、熊本市内だとどこで売っているのだろうか。鮭フレークのビン詰めは、ちょこちょこ食べてたけど。
 へえ、鮭缶って、汎用性が高いのか。どうも、鮭の使いどころがいまいちわからないけど。塩鮭を焼いたのくらいしか思いつかない。
 アラスカで大量に生産されるようになった。で、軍用の保存食として、盛んに利用され、第一次世界大戦からベトナム戦争と、アメリカ軍に愛用され続けた。で、軍隊で味を覚えた連中が、その後も愛用。軍隊の「文化的影響力」でかいんだな。
 1970年以降、ツナ缶にとって代わられる。また、冷凍によって生の鮭が流通できるようになって、鮭缶は存在感をなくして行く。


 日本も、北洋漁業で鮭缶作ってたような気がする。200海里EEZが一般的になる前は、アリューシャンオホーツク海に出て行って、生産していたような。検索すると、こんなサイトが→サーモンミュージアム(鮭のバーチャル博物館)|マルハニチロ株式会社

NASA衛星画像から古代エジプトのピラミッド17基見つかる 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 リモートセンシングすげえ。エジプトが、探しやすい条件にあるというのは大きそうだけど。泥レンガの密集した集落に、氾濫や人工物、風なんかでやわらかい土壌が上に乗っていると。