土屋健『生物ミステリーPRO1:エディアカラ紀・カンブリア紀の生物』

 古生代から中生代までの生物たちを紹介していくシリーズの一冊目。生命の誕生からカンブリア紀までを紹介。
 私の知識は基本的に90年代、というかモリスの『カンブリア紀の怪物たち』から、まったくアップデートしていないんだよな。あと、『ワンダフル・ライフ』はハードカバーで買うだけ買っといて、結局読めていない。
 本書は、だいたい2012年に発表された論文あたりまでフォローしているので、15年での研究の進捗を紹介するものとなっている。現生の生物種とのつながりなども、かなり議論が進んでいるようだ。目の出現が、捕食生物を出現させ、急激に形態の多様化を促進したという説の紹介やカンブリア紀にすでに陸上に進出したとおぼしき生物がいることなど、トピックが非常に興味深い。
 あと、本当に摩訶不思議と言う点では、エディアカラ紀の生物の方がわけわかめで、すごい。つーか、ペッタンコのあの化石から、よくもまあ、ここまで情報を引き出せたものだなと。
 ビジュアル的にも豊富で、楽しく読める本。


 最初の生物化石の話から始まっているが、なかなか、単細胞生物の「化石」を確定するのは難しいと。生物に見えるけど、単なる鉱物の可能性もある。決め手にかける事例が多いと。それでも、単細胞生物は二、三十億年前から、多細胞生物も6-7億年前には出現していた。6億3000万年前の胚の化石とか、5億8500万年前の這い跡の化石とか、思いもよらないものが出てくるのがおもしろいな。


 続いては、エディアカラ紀の生き物たち。
 調査が進展して、南極以外の大陸全てで、エディアカラ生物群に類する化石が発見されているそうだ。現在のところ、どのような分類群で、どのように現生の生物とつながるか、通説的なものは形成されていないと。
 硬組織を持たず、活動的でもない生物だった。食う・食われる関係も存在せず「エディアカラの楽園」と称される。
 船みたいな形の生物プテリディニウム、海底面から有機物を集めていたとおぼしきキンベレラ、植物のような形をしたカルニアやブラッドガティア。最後のは、葉っぱ状のところに、共生細菌を置いて、それで食べていたなんて想像もできそうだなあ。


 本書の8割がたを占めるのが、カンブリア紀の生き物たち。『ワンダフル・ライフ』で有名になったバージェス頁岩の生物群をはじめ、中国の澄江、グリーンランドシリウス・パセット、オーストラリアのカンガルー島、アメリカのユタ州などから発見されている。また、スウェーデンのオルステンでは、石灰岩を溶かして取り出した微化石が大量に発見されている。頁岩層の化石と違って、立体的に保存された化石で、なにやらSFに出てくる異星人のメカみたいな生物が紹介されている。冒頭に紹介されるカンブロパキコーテなんか、どう見ても殺戮用ロボットな外見。これらの産地の生物の比較から、いろいろと見えてきているようだ。
 「カンブリア紀の爆発」も相対化されつつあると。遺伝子の変異の累積から測る分子時計では、その数億年前から多様化が進んでいた状況が示される。すでに先カンブリア期には、硬組織を持った生物は出現していた。しかし、カンブリア紀に入ると、硬組織の普及、移動性の拡大、地中の利用などの特徴が現れる。この変化を促進した要因として、目の存在が重要だったのではないかという説が紹介されている。感覚器官の発達。それによる捕食生物の出現とそれに対抗する軍拡競争。それらが、さまざまな形の生物を出現させた。すでにカンブリア紀の生物では、現在の生物に匹敵する中枢神経系が形成されていた。
 また、地球環境の変化、特に海洋の化学成分の変化も大きく影響していた。カンブリア紀前後に、「大不整合」と呼ばれる、大規模な地殻変動があったとおぼしき証拠があり、海面上に出た堆積物が侵食、それによって生物の硬組織の材料となるイオンが大量に供給されたことが、硬組織を持つ生物の普及を可能にしたのかもしれないという。
 そして、最後にアパンクラという節足動物から、すでにカンブリア紀に陸上へ進出が行われていたかもしれないと言う話も。


 以下、メモ:

 イギリス、ロンドン自然史博物館のアンドリュー・パーカーは、その著書『眼の誕生』(2006年刊行、原著は2003年刊行)において、カンブリア紀以前に、すでに多様な動物群は生まれていたと指摘している。しかしその変化は「内部体制」にとどまっており、形には表れていなかったという。どの動物も、ミミズのような蠕虫様の姿をしており、ただし、その体内の仕組みは異なっていたというのである。パーカーによれば、カンブリア爆発というものは、その内部体制の多様化に合わせるように、動物が外部形態をいっせいに進化させたイベントであるという。p.172

 つまり、準備はできていたと。

 「armaments are ornaments(武装は装飾)」。
 パーカーのこの言葉は、眼の誕生によって起きた現象を伝えるにふさわしい。「武装は装飾」とは、カンブリア爆発で登場した生物のもつトゲなどが、実際に防御用として役立つかどうかは二の次であることを意味している。要は、はったりである。「こっちはこれだけ武装しているのだ。だから、近づくなよ。あっちに行け」というメッセージが、カンブリア爆発以後のトゲなどには込められている。まさに人類史における核の論理と同じであり、もっているということが、一定の抑止力(言い換えれば、防御)になっている。もちろん、この抑止力は、相手が眼を持っていなければ役に立たない。p.175

 へえ。まあ、現在の生物も、結構そういうものだと思うけど。食事のたびに怪我していたら、とっても生きていけないから、より与しやすそうな相手に向かうわな。よっぽど飢えていない限り。


 文献メモ:
アンドルー・H・ノール『生命:最初の30億年』紀伊国屋書店、2005
P・A・セルデン他『世界の化石遺産』朝倉書店、2009
リチャード・フォーティ『三葉虫の謎』早川書房、2002
田近英一『大気の進化64億年』技術評論社、2011
ブリッグス他『バージェス頁岩化石図譜』朝倉書店、2003
ホウ他『澄江生物群化石図譜』朝倉書店、2008
リチャード・フォーティ『生命40億年史』草思社、2006
アンドリュー・パーカー『眼の誕生』草思社、2006
宮田隆『DNAからみた生物の爆発的進化』岩波書店、1998