京都大学総合博物館編『日本の動物はいつどこからきたのか:動物地理学の挑戦』

 タイトルの通り、現在日本に見られる動物相が、どのように形成されてきたのか。ゲノム分析をメインに、明らかにする。ゲノムの変異の蓄積を統計的に処理するでいいのかな。万能ではなく、化石や地質学的痕跡で絶対年代を調整する必要があるそうだが。
 日本列島形成の地殻変動や気候変動による海水準の上下、それによる地理的隔離が大きな影響を及ぼしているのがわかる。海水面の低下による陸橋形成で、動物が流入。その後の地理的隔離で、個体群の変化が起きる。
 短いし、サクサクと読める本。


 第2部は、島嶼で隔離された爬虫類や両生類の分化。トカラ構造海峡とケラマギャップで、台湾と先島、沖縄本島奄美トカラ列島南部で分かれるハブ。小さなトカラ列島宝島で、猛烈な競争を勝ち抜き、他のハブとずいぶん違う形態を身につけたトカラハブ。それに対して、予想外の変異を見せるカエル。
 伊豆半島や伊豆諸島で独自に分化し、伊豆半島の列島との合体にもかかわらず、いまだに遺伝子上では明確に境界線が描けるニホントカゲも興味深い。他の地域の「ニホントカゲ」と外見では区別できないというのが曲者だな。今さら遺伝子を調べるのは不可能だろうけど、タイプ標本は伊豆半島のものなら、「オカダトカゲ」が「ニホントカゲ」に統合されて、日本本土に広く分布する現「ニホントカゲ」は別の名前をつける必要が出てくるのではなかろうか。


 第3部は、列島本体での種の分化。小型のサンショウウオや哺乳類、ビワコオオナマズが紹介される。
 流水産卵性のサンショウウオでは地域でのすみわけが見られるが、止水産卵性のものでは、明確な地形的障害が見られない。
 哺乳類では、ニホンザルニホンジカ、ヒグマが取り上げられている。サル・シカは、氷河期に西日本に押し込められ、関西以東は空白域になっていた。それが、温暖化で一部の個体群が急速に拡散した。氷河期が生物分布に与えた影響の大きさ。ヒグマは、北海道に三グループに分かれて進入。西部・中部・東部で分かれているという。そういうこともわかるのか。
 最後は、ビワコオオナマズ。系統の近い種類が近隣に見られないが、長江やアムール川に近縁種が存在するそうだ。ビワコオオナマズは、より広い範囲にいたオオナマズが取り残され、琵琶湖のみに生き残ったと。


 第4部は昆虫。
 海浜性ハンミョウが大きさによって利用できる資源を食い分け、その上で同じ大きさの種は地域的に住み分けている。
 ネクイハムシは湿地性の昆虫で、例外的に種類まで分類できる化石が入手でき、それをもとに通時的な分布の変動を明らかにできる。何度も入ってきたとか、更新世の変わり目で絶滅した種があるとか。


 第5部は海洋生物。
 メジナをはじめとする磯の魚が、黒潮に遮られて、琉球列島に進出できていない。台湾・中国南部と西日本と生息域が分断されている。逆に、沖縄のサンゴ礁の魚が、台湾や九州に進出できていない。黒潮のパワーがすごい。あと、北限のほうに神経が集中して、南限が明確にわかってきたのが世紀の変わり目だったってのが、おもしろいな。
 貝類の生物群集の変遷。アサリやハマグリは比較的最近成立した種類であること。日本列島と日本海の形成期、1500万年前あたりには熱帯性の種類がメインだった。その時代には、大陸沿岸の群島だったとか。いろいろ。


 最後は、絶滅した動物に関して。
 日本列島に存在したニホンオオカミエゾオオカミの話。エゾオオカミは積極的に駆除されて絶滅したわけだけど、明治10年からの10年で捕獲実績が1578頭ってことは、その時点で生息数は相当減っていたと言えそう。それでも、エゾオオカミは積極的駆除で絶滅した感じだけど、ニホンオオカミはいつの間にか絶滅してたという感じが。人口増加による生息環境の破壊が指摘されているけど、実際、なにが起きたんだろうな。大型草食獣の狩猟圧が高まっていたようだし、餌がなくなったというのはありえそうだけど。
 小笠原のカタツムリの話も興味深い。孤島で、捕食生物が少ない環境で、適応放散で多数の種に分化。しかし、人間の開発が始まると、あっという間に絶滅してしまった。捕食生物の導入と森林の破壊。で、その直前に在野の貝類研究者平瀬与一郎が、採集者を派遣して、標本を遺していたから、そういう種が存在していたことがわかると。平瀬コレクションは兄弟の総合博物館に収蔵されているらしい。