エドワード・シュトルジック『北極大異変』

北極大異変 (知のトレッキング叢書)

北極大異変 (知のトレッキング叢書)

 温暖化にともなって、気候的にも、生態系的にも、国際政治の面からも、大きな変動にさらされつつある、北極の姿を描いたルポ。本当に、温暖化の影響って、巨大なのだな。本書では、生物や環境の研究者の取材がメインで、先住民に対する伝はあまりないようだ。しかし、最悪の場合、大型哺乳類や海産物に食糧も、文化や現金収入の面でも依存する、北極圏の先住民の受けるダメージは想像を絶するレベルになりそう。氷が消えた後に、大挙して押し寄せる南の生物と資源産業。
 これ、市立図書館では、十進分類の297.8(地理・地誌・紀行のオセアニア・両極地方)に分類されているけど、環境や気候学、生物学、あるいは国際政治といった分類でも良さそうな気がするな。いくつか他の県のOPACを調べてみたけど、450番台に分類されている場合もあった。


 急激に温暖化が進んでいるというのは知っていたが、本当に大変化なんだな。今まで海氷で隔てられていた生物が、一気に交雑する。南から進出してきた生物に、今までの生物が生息場所を奪われる。氷原に適応した生物が、その生存基盤を奪われる。
 シャチが北極圏に進出し、イッカククジラやホッキョククジラを捕食する。氷の上でアザラシを捕食することに特化したホッキョククジラは、多くの地域で生存の危機にさらされつつある状況。エネルギー開発と気候変動によって急激に数を減らすカリブー。雨と地衣類などの食糧となる植物の氷結、さらに寄生虫で生存が脅かされる状況。カリブーに関しては、それ以前もものすごく増減して、条件さえ整えば、一気に増えそうだけど。


 さらに、北極圏の海氷がなくなったことで、人間の進出も始まる。エネルギー企業が、未開発の資源を狙って進出を試みる。しかし、変化の最中の脆弱な自然環境への配慮は、等閑視される。そもそも、流出した油を回収するインフラが整っていないうえに、北極圏では、砕氷船などの特別な装備が要求される。しかし、それらの準備が全然整ってない。日本の原発なんかでもそうだけど、エネルギー関係って、どこでも安全性に関する費用をケチりたがるな。しかも、政治力があるから、無理を通してしまえる。
 海氷の後退によって、北極海が航路として機能しだす。さらに、漁業も可能になってくる。新たな資源を前に、囲い込みと共同活動の綱引き。カナダって、自然保護にも熱心そうなイメージがあったが、実際にはそうでもないんだな。鉱産資源開発のために、環境の規制を緩める保守党政権。


 そもそも、温暖化したから、北極圏が住みやすい土地になるわけではない。
 氷が解け、むしろ大気との熱交換がしやすくなる。暖められた海水によって、上昇気流が発生し、巨大な嵐が暴れまわることになる。北極圏は氷河によって削られ、非常に平坦な土地になっているので、嵐による高潮がものすごい範囲に影響を及ぼす。30キロも遡上する高潮とか、スケール感が壊れる。さらに、防波堤となる海氷が消滅して、沿岸の侵食が急速に進む。結果として、居住地を失う先住民が出てくる。移転に対して強い不信感をもっているという辺りが、過去の「文明」の名のもとに行われた政策の傷をまざまざと見せる。
 場所によっては、ツンドラが火災を起こす。
 本当に試される大地なのだなと。


 以下、メモ:

二〇〇五年、二〇〇六年、二〇一一年にユーコン・カスコクウィム・デルタを襲った三つの嵐は、それぞれ内陸部三〇キロメートル、二七キロメートル、三二キロメートルまで到達する洪水を引き起こした。マッケンジー・デルタの内陸二〇キロメートルまで浸入した一九九九年の洪水は、一三〇平方キロメートル以上の植物を枯らした。p.65

 すごい規模だな。伊勢湾台風とどちらがひどかったのだろうか。

 ヘリコプターで一群の足跡をたどっていったミラーは、ジャコウウシの集団が、海氷の上で輪になって頭を外向きに突き出しているのを見つけた。オオカミに襲撃されたときによくする守備の構えだ。ヘリコプターの轟音になぜ反応しないのか不思議に思ったミラーは、近距離で観察するためにパイロットに着陸してもらった。ウシたちから数メートルのところまで近づいて、彼は全頭が死んでいるのに気がついた。凍りついて固まり、彫像のようになって互いにもたれ合っていたのだ。餌を求めて移動し始めたとき、ウシたちはすでに瀕死の状態にあったのだろうとミラーは考えた。北極圏で過ごした三〇年間の長いキャリアのなかでも、一番奇妙なシーンだった、と彼は言った。p.144

 防御体制のまま絶命した群れか。それはまた…
 温暖化で、雨が降るのが早くなると、餌の植物が凍りついて、草食動物には厳しい状況になると。