今年印象に残った本2017(一般部門)

 今年は、10月以降、大失速で、あまり読めていない。前半に読んだハードカバーと12月に入って読んだ本が上位に。あと、全体に新書が多いかな。特に、中公新書は、1位と3位を占める。今年の中公新書の歴史系新書は全体に豊作だな。
 次点は、上二冊は本当に入れたかったのだが、どうしても入らなかった本。あとは、日本史やオリエントの宗教など、同じテーマで被って、押し出された本とか。なかなか、選ぶのに苦労した。

古代オリエントの宗教 (講談社現代新書)

古代オリエントの宗教 (講談社現代新書)

 上位のラッセル『失われた宗教を生きる人々』に付随して読んだので、この順位。聖書の神話とグノーシス主義がぶつかりあい、混淆して、新興宗教が沸騰した紀元1000年あたりまでの中東の宗教思想をまとめた本。イスラムグノーシス主義とか、アナザーストーリーを付け加える運動とか、対抗して教義を整備したり。

  • 9位 山本紀夫『コロンブスの不平等交換:作物・奴隷・疫病の世界史』

 ヨーロッパ人とアメリカ先住民の接触とそれに伴う作物や病気の相互影響が「コロンブスの交換」と呼ばれるが、アメリカ先住民が一方的に損を被っていることを考えると、タイトルのようになる、と。
 ユーラシアから持ち込まれた疫病は、アメリカ大陸の人口を壊滅状態に追い込んだ。また。ユーラシアにトウモロコシやジャガイモ、トウガラシなどが持ち込まれ、多くの人の助けになった一方で、アメリカに持ち込まれた牛馬は皮革となってヨーロッパに輸出され、植民地を支えた。

  • 8位 福井康雄編著『スーパー望遠鏡「アルマ」が見た宇宙』

スーパー望遠鏡「アルマ」が見た宇宙

スーパー望遠鏡「アルマ」が見た宇宙

 チリに国際共同で建設された電波望遠鏡群「アルマ」。それが、何を明らかにしているかを紹介する本。山根一眞『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』にともなって読んだ本だが、こっちのほうが印象に残ったので。
 高い分解能を持つので、遠距離の銀河や恒星の形成から惑星ができるまでの姿など、今まで見えなかったことが見えるようになる。

  • 7位 中川毅『人類と気候の10万年史:過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』

 水月湖の年縞から、どのようなことが読み取れるかを紹介した本。ここ1万年程が例外的に安定した時期で、ここから不安定期への移行は、カオス的で予測不能と。そして、数年単位で気候不順による不作が続けば、先進国でさえ、持ちこたえられるか、分からない、と。なかなかに、暗い未来像が見える。エネルギーが無尽蔵なら、温室栽培みたいな手もあるが…

  • 6位 近藤康史『分解するイギリス:民主主義モデルの漂流』

 様々な制度が一致して、二大政党制を維持するために機能していたのが、機能不全に陥っている状況を描き出す。というか、アメリカも含め「二大政党モデル」は完全に色褪せたなあ。そして、小選挙区制だけを導入した日本は、それを支えるシステムが見えていなかった、と。
 小選挙区かつ多数政党では、第一党より、二位の政党の議席を押し下げる効果があるというのは、日本でも見られることだな。

  • 5位 宮崎揚弘『函館の大火:昭和九年の都市災害』

函館の大火: 昭和九年の都市災害

函館の大火: 昭和九年の都市災害

 昭和9年に発生した函館の大火を、体験者の証言から再構成している。1934年だと、まだ、証言が集められるのだな。だいたいは、かなり幼かった人しか残っていないようだが。
 強風の元で火災が発生。風向が南から東へと変わり、燃える方向も変わる。それによって海岸に追い詰められた人々や橋の倒壊で多数の犠牲者が発生した状況。糸魚川市の火事もだが、冬場の強風による火事はおそろしい。
 火災に巻き込まれて、函館市当局も、まともに活動できていない。災害時には、当該自治体は、やっぱり動きが鈍くなるのな。
 臨場感が印象的な本。

  • 4位 松尾昌樹『湾岸産油国:レンティア国家のゆくえ』

湾岸産油国 レンティア国家のゆくえ (講談社選書メチエ)

湾岸産油国 レンティア国家のゆくえ (講談社選書メチエ)

 ペルシャ湾岸の小規模産油国が、どのようにして存立しているのか、様々なフレームワークから追求している。石油収入による「レント収入」だけではなく、支配家系による王朝君主制、さらにその相続が君主の子供による相続と決まっていないため、支配家系内部で権力の再分配が起きる。これに、アラブ系住民のみを「国民」とするエスノクラシーなどが、加わる。
 非常に分かりやすい本。

  • 3位 呉座勇一『応仁の乱:戦国時代を生んだ大乱』

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

 何がなんだか分かりにくい応仁の乱を、割と分かりやすく整理して評判の本。台風の目畠山義就と細川・山名・伊勢の幕府家臣団三派閥で整理すると、すっきりとする。伊勢氏が失脚して、細川・山名の対立に収斂してしまった。
 メインの視点が、奈良・興福寺の僧なのも、ちょっと離れて、かつ利害関係者として、有効に機能している。

  • 2位 ジェラード・ラッセル『失われた宗教を生きる人々:中東の秘教を求めて』

失われた宗教を生きる人々 (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズII―14)

失われた宗教を生きる人々 (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズII―14)

 シリアからパキスタンの、主に山岳地域に残った少数宗教の信者たちを訪ねた紀行。古くから、様々な宗教が存在し、それが山岳地域などの辺鄙なところに生き残ってきた。それが、中東地域の戦乱と原理主義の跋扈で、追いやられつつある状況。
 そして、戦乱からのがれて欧米に移住した、この種の少数宗教の信徒が直面する困難。秘儀的な宗教ほど、アイデンティティの維持が難しい。
 中東の多様さ知ることができる。

 1位は、迷ったが、記憶に新しいこちらに軍配。誰でも知ってる「徒然草」の作者の経歴を、信頼できる史料から明らかにし、同時代の空気も明らかにしていく。そして、吉田家との関係が、後世に、吉田家によって捏造されたものと指摘する。
 金沢文庫古文書や公家の日記類、土地の売買文書、歌人としての業績から、かすかに見えてくるその姿。地下官人と同じ階層で、公家と武家の仲介や故実の指南を行っていた姿が、鎌倉時代から南北朝にかけての社会の姿と同時に見えてくるのが興味深い。


 以下、次点。
岡田昌彰『日本の砿都:石灰石が生んだ産業景観』asin:4422701118
有賀夏紀他編『アメリカ史研究入門』asin:463464035X
小川英雄『ローマ帝国の神々:光はオリエントより』asin:412101717X
野口実『列島を翔ける平安武士:九州・京都・東国』asin:464205846X
鹿毛敏夫『アジアのなかの戦国大名:西国の群雄と経営戦略』asin:4642058095
細川重男編『鎌倉将軍・執権・連署列伝』asin:4642082867
『南極建築 1957-2016』asin:4864805164
山根一眞『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち:標高5000mで動き出した史上最高の“眼”』asin:486443042X