- 作者: 〓野幸司
- 出版社/メーカー: 青娥書房
- 発売日: 2018/01/22
- メディア: 単行本
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もともとは、浮き彫りスタイルの石塔に刻まれたものや磨崖仏が中世の始まりから作られ、その後、全身を彫った彫像形式が14世紀から15世紀にかけて、作られるようになってくる。古文書で永和年間(1375-9)に建立されたとされるもの、1478年銘のあるもの、二例が最古の例であると。
地域的分布に関しては、国東半島と鹿児島県がホットスポットで、両地域で現存する石造仁王像の半分以上を占める。他に熊本と宮崎にも、全体の1割前後の数の仁王像があり、これらだけで、76パーセントを占めると。これらをメインに、石工や様式などが紹介される。鹿児島県は廃仏毀釈で、かなり、損傷が激しい事例が多いと。本当に良くやるよなあ…
九州以外だと、関東圏がある程度、まとまった数があって、しかも、17世紀後半と国東半島における普及に先行しているのが、興味深い。あとは、秋田県に独特の仁王像文化があるそうな。
こうなると、今度は写真集がほしくなってくるなあ。
熊本の石造仁王は、薩摩や肥前砥川石工、熊本市近郊の島崎石工、下益城郡の安見村石工、天草の下浦石工などによって彫られた。特に、天草の下浦石工は、加工しやすい砂岩で、最多の作例を残している。ただし、風化しやすいから、保存状態の悪いものが多い。下浦石工や肥前砥川石工は、有明海水運による人間の動きを感じさせるな。
あとは、玉名の仁王像は、屋根などの保護を受けている率が高いとか。
文献メモ:
「熊本の仁王」『時雨かわら版』復刻版No.17-60
前川清一「大津町の中世石造遺跡物について」『大津町史研究』第三集、1985
石原浩「下浦石工の活躍:金剛力士像の製作を中心に」『潮騒』第26号、2011
『天草建設文化史』
『南関町史:地誌上』1997
『南関町史別冊:仏神像石造物』1999