繁田信一『天皇たちの孤独:玉座から見た王朝時代』

 繁田本、三冊目。副題の通り、玉座の主、天皇を中心に置いた本。この時代、藤原道長を中心とする、藤原摂関家をメインとして描かれることが多いだけに、視点が新鮮。傀儡の悲しさというか。
 天皇の子供の母親が誰かというのが、政権を左右する時代、それぞれの天皇や皇后たちの家庭的愛情は、容易に踏みにじられ得た。愛する妃や息子と引き離されてしまう天皇たち。どうしても、政治的事情から親族を切り捨てざるを得ない状況が出てくる。
 道長やその父、兼家といった、摂政関白の地位に就き、政権を長く領導した人々の、自分の血縁の皇子を帝位に就けようとする行動のエグさ。一方で、藤原実資に好感を持って扱われた道長の息子、頼通が、そういうエグい行動を出来ず、摂関家の弱体化を招いたことを考えると、権力闘争に「良心」は良くない資質なのかねえ。


 冒頭の、一条天皇の食事に奉仕する殿上人が誰も居なかったというのが、なかなかショッキングだな。一人で食事ができない食卓だから、殿上人が給仕する。しかし、藤原頼通の大和行きの行列に加わって、誰も来ず、急遽、物忌み中の藤原資平が奉仕することになる。なんというか、傀儡の悲しさというのが、見えるなあ。
 最愛の妃、中宮定子の立場が完全に失墜すると知りつつ、舅たちを切り捨てざるを得なかった一条天皇の苦衷。そして、枕草子に描かれたような幸せな家庭が、崩壊していく。新たな妃と世継ぎを巡る、暗闘の道を開いてしまう。家庭と権力が密接に結びついていると、こんなことも起きうるのだな。


 第二章は、一条天皇の父、円融天皇藤原兼家の対立。一人息子を取り上げられてしまった円融天皇、しかも、兼家は一条天皇を大事にはしていなかった。なかなか、感じ悪いけど、都合の悪いことを無視できる図太さは、国家を牛耳るには一つの才能なのかねえ。
 互いの、嫌悪と相互不信。兼家の兄、兼通との信頼関係が、逆に、兼家との対立関係をもたらす。さらに、円融天皇を廃位させる動機もあった、と。
 朝廷の運営ってのは、公家共同体みたいなものとの協調関係が重要。その支持を取り付けられないと、天皇だろうと、摂関家だろうと、権力を維持できない。一方で、天皇の外祖父の地位を得てしまうと、公家共同体を牛耳りやすい。その狭間で、苦悩したのが円融天皇と。


 第三章は、円融の妻にして、後の皇太后の地位を得た藤原詮子。結局、皇后の地位は得られなかったのか。准太上天皇の地位を授けられ東三条院と称されたこの人、権力を手に入れた後は、陰謀に加担したり、関白や天皇に無理難題を押しつけたり、やりたい放題だったらしい。皇后に立てられなかった屈辱が、屈折と暴走を生み出したのかね。
 一条天皇の后選びに容喙して、状況をより複雑にしてしまう。中宮定子をおとしめ、一方で三人の女性を、一条天皇後宮に入れる。なんか、いろいろな人を不幸にしている感はあるなあ。
 一条天皇、結局、父親は縁遠くて、死んでもどうでも良い感じで、母親は積極的に嫌っていたのかねえ。


 第四章は、花山法皇藤原兼家の陰謀で、早々に退位させられてしまった天皇は、その後、一条天皇の成長に伴って、行動を制限されていくことに。
 退位ののち、修行から戻ってきた花山法皇は、政界に居場所がなかった。この時期、従者の暴走に、自身の漁色と、評判が悪かったが、実資を相談役に迎えてから、改心、改めて修行を始めようとした。しかし、もはや信頼されていなかった、と。
 陰謀の犠牲者だし、荒れるのもしょうが無い感じがする。『殴り合う貴族たち』でも、大活躍だけどw


 第五章は、一条天皇中宮となり、後継の天皇を産んで、詮子と同じく准太上天皇となった上東門院、藤原彰子の話。長じた後、「賢后」と称されたそうだが、やはり、幼くして、身近な人々から切り離されて、宮廷に「正妃」として送り込まれた孤独から来るのだろうなあ。形だけは華々しくても、母親は早々に宮廷を去り、傅く人々は新参の女房で、孤独をかこつ。長い間、名目だけの正妃であったこと。
 さらに、一条天皇の強引な退位。さらに、養子とは言え、愛情を注いできた敦良親王は、実子の誕生で天皇位から排除されてしまう。思い通りにならない状況と、父や兄に対する恨み。
 「賢后」であったのは、栄華の裏側を知り抜いていたのだろうか。


 最後は、三条天皇
 長い間、「皇太子」として据え置かれて、36歳という他の天皇たちと比べても高齢で即位した人物。さらに、現任の天皇より年上という。
 さらに、後一条・後朱雀を、できるだけ早く天皇に付けようと、藤原道長一条天皇にかけた圧力も知っていただろう。それだけに、自分が置かれた状況の難しさを知り抜いていたのだろうなあ。
 御堂関白記に、一条天皇退位の事情が、改竄・無記載という状況になっているのが、これまた。
 そして、弱体な天皇は、道長との対立に苦しめられる。


 一条天皇を中心に、円融天皇から三条天皇まで、64代から67代の天皇たちとその妻たちの人間模様を描く。なんというか、摂関家の前に、無力だったのだなあ、と。
 あと、この時代の上級貴族や天皇の家族意識は、実際のところ、どんなものだったのだろうなあというところも。たくさんの人間に傅かれる人間の家族意識が、現在の一般家庭の感覚とはずいぶん異なることは確かだろうし。それでも、同じ建物内で暮らす肉親への親密感は、かなり大きなものだったのかねえ。