三浦英之『牙:アフリカゾウの「密猟組織」を追って』

牙: アフリカゾウの「密猟組織」を追って

牙: アフリカゾウの「密猟組織」を追って

 これは、本当に絶望的なんだな。


 いや、もう、読むのがつらくてつらくて。ズルズルと遅れているうちに、図書館から借りた本の最後になってしまった。なんとか、3月中に読み終えることができたが、予定が遅れまくり。なんとか、三月中に片付けることができた。予定では、三月半ばには、全部返却できているはずだったのだが…
 とにかくエグい。飛行機で群れを追っかけて、まるごとぶっ殺す。さらに、生きたまま、牙を取るために、顔面を抉る。そこまでやるのか。


 本書は、象牙の密猟組織を追って、追い切れなかった顛末を描いた本。アフリカの底なしの腐敗とそれを利用して国家ぐるみで象牙を密輸する中国。そして、その象牙ロンダリングに利用される日本市場。数年で地域の個体群がほぼ全滅する、密猟の恐ろしい勢い。保護すべき組織すら懐柔されてしまっている姿。そして、象牙の売却益が、ソマリアアル・シャバブのようなテロ組織の資金源になっている。
 中国大使館を中心に、ありとあらゆるものが腐っているのがどうしようもない。
 保護して、少しずつ売っていった方が長期的利益になると思うが、そんな計算もできないのかねえ。This is Africaそれがアフリカと繰り返されるが、それは主権国家としての存在資格を満たさないってことじゃね。ケニアに対する評価の辛辣さが印象的。
 第五章の「訪ねてきた男」が怖いなあ。中国外務省関係の人間が脅しに来るのか。そして、大本締めっぽい「R」については、確たることは言えず仕舞い。


 結局、アフリカゾウを絶滅から救うためには、日本も身を切って、市場全廃しかなさそうだなあ。主犯は中国なんだけど、象牙の出所ロンダリングに使われている状況を考えるとねえ。
 第六章の「孤立と敗北」が頭痛い。日本が象牙市場閉鎖の問題に対して準備が出来ていないうちに、中国が高らかに象牙市場の全廃を宣言して大受け。日本のイメージを貶める。
 ワシントン軍縮条約と同じ構図だな。戦略兵器としての戦艦に見切りを付けた英米とそれを理解できなかった日本。
 中国のやり口が汚すぎる。そして、なにも変わらず、ガンガン象牙にしろ、サイの角にしろ、センザンコウにしろ、野生動物を殺戮しまくる。

「そもそも……」と発言の最後で代表者は本音を漏らした。「日本はこれまでずっとワシントン条約で決められた細かいルールを忠実に守りながら、国内の象牙市場の運営や規制に真面目に取り組んできたんですよ。南部アフリカの国々もそうです。だからこそ、ゾウの激減を免れている。それが何ですか? ずさんな運営を続けて密猟や密輸を野放しにして、アフリカゾウの激減を招いた張本人である東アフリカ諸国や中国がどの面下げて『すべての市場を閉鎖しろ」なんて言うんですか? あきれて物も言えません。アフリカゾウを絶滅に追い込んでいるのは私たちじゃない、『彼ら』なんですよ」p.204

 これはまったくその通りなんだよな。彼らどころか、奴らでいいわ。


 以下、メモ:

「このままだと本当にゾウは絶滅してしまうと思います」と冒頭、滝田は大きな肉をナイフで切り分けながら私に言った。「密猟が凄すぎて、このままでは数が維持できないんです」
「数が維持できない?」と私は滝田に若干の説明を求めた。
「繁殖が難しいんです」と滝田は具体例を挙げて現状を説明してくれた。「アフリカゾウのオスは三五歳から四〇歳以上にならないと繁殖に適さない。メスにとっては体が大きいオスほど魅力的だから、二〇歳ぐらいだとメスに相手にしてもらえないんです。でも、密猟者たちは真っ先に大きな牙を持ったゾウを狙うから――つまり年齢を重ねた大きなオスから次々と命を奪われていく。結果、例えばケニア北部のサンブル地方ではゾウの群れの構成が変わってしまい、今では群れの約七〇%がメスになってしまっている。さらに約一四%の群れには繁殖が可能な二五歳以上のオスがいない。種を保つことが難しくなってしまっている」
 なつほど、と私は滝田の説明に相槌を打った。
「次に狙われるのは、大きな牙を持っているメトリアーチ。群れを率いているリーダー格の雌ゾウね」と滝田は続けた。「メトリアーチが殺されてしまうと、その群れは生存率がぐっと下がってしまうんです。メトリアーチは長年の経験から乾期でも水の涸れない水場や肉食獣や人間に接触しないで通えるえさ場を熟知しているから、メトリアーチが殺されて一〇代のメスが群れを率いるようになると、それらの知識をうまく踏襲できなくて、仲間のゾウを守れなくなってしまう――」p.52-3

「ゾウの赤ちゃんもお母さんゾウが大好きです」とベテランガイドは笑顔で続けた。「ゾウの赤ちゃんは生まれるまでに二二ヵ月もお母さんゾウのお腹の中にいるんです。一〇年に一頭か二頭しか生まれないから、お母さんゾウは子ゾウをとても大切にします。その関係が生涯ずっと続くんです。ゾウは自然の中で生きていると六〇歳から七〇歳くらいまで生きます。お婆さんゾウは水のある場所とかエサのある場所をよく知っているから。たとえ子どもを産めなくなっても、群れのみんなから尊敬されて過ごします。」p.149-150

 ゾウって、意外と繁殖力弱いんだな。基本的にサバンナでは人間以外から無敵だから、本来、子供は少なくても良い。むしろ、あんまり増えると、大食らいだけに環境が崩壊してしまう。
 しかし、人間がバカスカ殺すようになったら、繁殖力の弱さがネックになる。
 巨体を支える大量のエネルギーをまかなうために、乾期の食糧事情が厳しくなる時期には、経験ある指導者が必要。しかし、真っ先にそういうレベルの個体が殺されるので、群れ全体の生存率が下がってしまう、か。
 これ、かなり詰んでるなあ。