山田恭平『南極で心臓の音は聞こえるか:生還の保証なし、南極観測隊』

 あんまり格好良くない南極観測隊というか、ちょっととぼけた風味の南極越冬体験記。
 2018年から2019年2月にかけて実施された第59次南極地域観測隊の隊員の方の紀行。ロマン分なしの南極生活。これでも、オブラートに包んでいるらしいので、実際の観測隊を赤裸々に描いたら、どんな風になるのだろうか。とりあえず、冬場の酒の消費量はかなり多いらしい。あと、事故事例集は読んでみたい。
 しかし、南極のトイレ事情がなかなか厳しいなあ。昭和基地内でも、あまり使われていないらしい「ヘリポートホテル」とか、事実上トイレなしかあ。あとは、外部への旅行だと、大のほうは簡易トイレで持ち帰り、小は外で垂れ流しに。南極の環境への影響を考えると、小のほうもなんとかした方が良いんだろうけど…
 自己完結型トイレとか開発されているけど、南極の、特に内陸部では機能するのかなあ。


 あと、冷え性の人間には、南極は厳しそうだな。内陸になると、夏でもマイナス20度とか。相応の装備をしても、凍傷になりそう。子供の頃はしもやけに苦しんだ口だし。つーか、最初の耐寒訓練で風邪引きそう。そんな環境でも、もっと寒い場所にいると、慣れて「暖かい」とか「暑い」という感想がでてくるのだなあ。


 全体としては、2017年12月から2018年2月にかけての沿岸斜面拠点S17での観測活動、その後の昭和基地での生活、2018年の9-10月に内陸中継拠点への補給、同11月から2019年の1月までドームふじ基地での活動。著者は、かなり出ずっぱりだなあ。あと、夏隊の南極滞在期間は実質2ヶ月、ドロームランの航空輸送網を利用すれば1ヶ月早く活動ができる程度なのか。それだけで成果を上げようとすると、忙しそうだなあ。
 一方、越冬隊は往復も含めて1年4ヵ月程度国外にいるわけだから、出稼ぎ感はあるなあ。


 越冬時は、室内に降り込まれる一方、夏場の昭和基地は総動員の土木工事の現場。手が空いていれば、建設作業に動員される。あと、内陸の拠点への旅行は、観測機器の設置作業や拠点や基地の雪かきで、凍った雪をシャベルで除ける重労働の世界。そうじゃないときも、内陸旅行だと、コース沿いに計測や旗立てを繰り返す、なかなか単調な仕事のようす。
 越冬期間中は、逆に昭和基地に篭りっぱなし。極夜で気分が暗くなるのを防ぐためか、娯楽やイベント、係活動などの工夫があるのだろうなあ。ミッドウィンター祭、どんだけ乱痴気騒ぎをしたんだろう。
 そして、二度の内陸旅行。特に中継拠点へのデポと自動観測装置の設置の旅行がなんというか、すごい。気圧が低下して、さらに極度の低温にさらされる。金属も脆くなって、簡単に折れてしまう。マイナス60度の世界、怖い。雪上車も、それ以下になると走れない。一度、極低温を経験してしまうと、ドームふじへの旅は「温かい」という感想になるのが人間の適応力なのかねえ。
 海水面上昇の動向は南極の氷床の融解具合によるだけに、南極内陸部の観測態勢の拡充は重要な課題。さらに、オゾンホールが、南極の気温上昇の抑止に貢献していたという可能性もあって、内陸部でのラジオゾンデによる観測が重要とか。夏のドームふじ旅行は、もっと深いところまで氷床のコア採取のための事前調査。着々と、南極の観測は続けられている。というか、条件の悪いところを押しつけられた結果、現在重要な地点にアクセスしやすくなっている感じはあるな。
 あとは、ヘリコプターとか、ドロームランの航空機によるアクセス向上。雪上車だと何日もかかる距離をスキップできる。なんか、氷上への着陸は相当難しいらしいが。


 しかし、日本の雪上車、何年も氷上に放置して、動かせるというのが凄いな。中まで雪が吹き込んでるとか、廃車としか思えないけど、いろいろと補給すれば動けるのか。操縦装置がレバー式だったり、意図的にシンプルにしているみたいだけど。今時、ホイールハンドルじゃないんだ。
 そして、極悪燃費。1リットルで0.25キロか。戦車並みだなあ。

美意識に欠ける薄汚い蜜柑色のクソダサ箱であるSM100(p.65)

 ひどいw
 そこがいいんじゃないの、あの子ら。ソ連の雪上車もクソダサ箱だぞ。あと、その分、信頼性が高いという強みがある。ヨーロッパ勢の汎用全地形車を南極にもち込んだだけって、けっこう壊れるらしいし。どっちがいいんだろう。

 物資や道具の限られている南極で、人間が生活する建物を作るというのは容易なことではない。昭和基地は、記録としてはマイナス45℃以下になったこともあり、材料が金属の場合、種類によっては低温下で脆くなってしまう(低温脆性)。さらに最大で秒速45m以上ともなるブリザードが吹き荒れ、基本的に乾いてはいるが雪が降れば濡れもする。人間が居住する以上、保温性がなくてはならず、あまり熱伝導率の高い素材を使いすぎては温めても温めても外気で冷えてしまう。
 こういった条件下で活躍するのは、意外にも木材であった。大1次隊から建物を建てるときにはさまざまな部分で木材が使われている。木材は低温にも風にも強く、唯一の欠点は燃えやすいということくらいだ。そのため昭和基地では火災には気を使っている。p.117-8

 万能の建築資材はないってことか。だいたいの断熱材はそれなりに燃えやすそうだしなあ。つーか、気温が低くて極度の乾燥状態の南極じゃ、いったん火が付いたら木材は燃えやすそうだなあ。
 金属は低温で脆くなりやすい、か。


 そういえば、著者も手伝ってた基本観測棟、その前の2011年築の自然エネルギー棟とずいぶんデザインが変わったなあ。
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