藤井一至『土 地球最後のナゾ:100億人を養う土壌を求めて』

 うーむ、メモを作るのにめちゃくちゃ時間がかかった。これが一月塞いでいたので、後ろが詰まりまくっている。


 土壌にフォーカスをしているという、新書としては面白いところを狙った本。
 土とはなにかを解説する第一章、世界各地の12種類の土をコンプリートする第二章、最後は土壌学の観点からの農業生産力向上策の話。基本的には、食料生産能力の向上を目指すお話なんだけど、分配のことを考えないと有効に機能しそうにない。


 第一章は、土とはなにかという話。単純に岩石が細かく砕けただけではなく、水によって溶け出した成分が再結晶した、細かい粒子である粘土。そして、生物の遺体が分解され、粘土と結合した腐植という二つの存在が必要。月には、水がないため、そもそも粘土ができない。火星には水があったため、粘土が形成されているが、生物由来の腐植が欠如している。
 これらは、細かい隙間に水を保持すると同時に、粘土がマイナスイオンによって、陽イオンの各種栄養分を引きつけ、植物の成長を可能にする。粘土大事。




 第二章は、12種類の土を求めて、世界中を旅するお話。
 世界の土壌は、未熟土、永久凍土、砂漠土、チェルノーゼム、ポドゾル、粘土集積土壌、若手土壌、強風化赤黄色土、オキシソル、黒ぼく土、ひび割れ粘土質土壌、泥炭土の十二種類に分類されている。それぞれが、現地でどのような分布をし、どのように利用されているかを追う。
 岩石が侵食された最初の土や強度の風化を受けて栄養分を失うなど、ほとんど粘土や栄養素を持たない土壌が「未熟土」。粒子分や腐植の供給が少ない北極圏や強度に風化する熱帯モンスーン圏などよく見られる。ツンドラの氷河でガッツリ削られた後、新たに土壌が供給されない北極圏。あるいは、降水で徹底的に栄養素がながされたタイ東北部の砂質土壌が紹介される。後者は、本当に砂しかないのが凄いな。降水で作物は育つけど、肥料代が高く付く割に買い叩かれる、と。
 日本では、だいたい「若手土壌」。比較的新しい土。しかし、ネバネバの比較的新しい土は伸び代が大きい、と。


 しかし、こうしてみると、北半球の土壌分布における氷河期の大陸氷床の影響は大きいのだな。北米北極圏でも、大陸氷床が発達した地域では、氷の断熱効果でそれほど「永久凍土」が発達せず、そこから外れたアラスカやカナダ西部では数百メートルの永久凍土が発達。
 さらに、氷河が融けた水が溜まったカナダ中央部あたりでは、冷涼な湿地で植物が分解されずに残った「泥炭土壌」が出現。また、氷河に比較的近い場所には、水流で選抜された砂が堆積する。そこから、針葉樹とキノコの協同作業で粘土分を溶かされ、上部に白い砂が出現するのが「ポドゾル」。貧栄養の酸性土壌で、農業にはジャガイモくらいしか向かない。林業のほうがむしろ有利な土地。そして、氷河に削られた土砂のうち、細かい粒子は風に飛ばされ、内陸部に風成層を形成する。これが、土の皇帝ともしょうされる「チェルノーゼム」(黒土)。砂と粘土と腐植のバランスが良く、さらに中性で農業がしやすい。ミミズとジリスが耕してできる土。そこから南下して多少湿潤になった疎林地帯が「粘土集積土壌」。水と生物活動で表層は酸性の砂質とその下の粘土が集積した土に別れる。かなり広い範囲を占める土壌。
 そういえば、黒土って、人間による野焼きか雷などの自然発火による原野火災の影響で黒くなっている側面ありそうだな。


 「ひび割れ粘土質土壌」はもっとも肥沃な土壌。粘土分が多いため保水力が高く、灌漑のコストが低くて済む。玄武岩が多いエチオピアやインドの一部、そしてプレーリーなどでかつて湖だった場所と限られた地域に分布する。アメリカ西部では、生産性が高い土地だが、一方で、インドやアフリカでは、硬い土を耕すのに苦労するという負の側面も。


 さらに南に行くと、農業生産性の低い土壌が連続することになる。乾燥でそのままでは農業ができない地域の土壌は、「砂漠土」として一括される。蒸発する水によって発生する塩分集積で不毛な土地が出現する場合もあるし、外部から灌漑を行えば高い生産性を示す土地もある。一方、熱帯雨林、特に歴史の古い土壌では、植物が分泌する有機酸が岩盤も風化させ、表面の腐植を分解してしまうため、酸性度が高くアルミニウムイオンを多く含む「強風化赤色土壌」を形成する。熱帯の樹木は適応しているが、温帯の作物はこの土壌では生育しにくい。さらに古く安定した地盤では、強度に風化し、あらゆる栄養素が流され、アルミニウムや鉄さび粘土だけが残った「オキシソル」が出現する。アマゾンやコンゴのような、数億から数十億年安定していた大陸に見られる。蛇紋岩が基盤の土地だと、比較的早く表れやすい。電荷が低いため、栄養が保持できない。一方で、アルミニウムの原料になる。


 そして、最後が、日本でよく見られる「黒ぼく土」。火山灰と人間の野焼きと活発な分解活動で形成される。アロフェンと呼ばれる粘土が、強く腐植を吸着するため、腐植の保持量が多い。一方で、酸性且つアロフェンがリンも強く吸着してしまうため、利用しにくい側面もあるという。
 だいたい、アメリカ、ヨーロッパ、インドネシアに調査地が偏っているな。コンゴ旧ソ連圏での調査っやっぱり難しいのかな。旧ソ連圏はともかくとして、コンゴで土壌研究とか治安上もなあ。




 第三章以下は、これらの土壌の知識をもって、生産力をどう増強するかの話。
 142ページの図を見ると、ひび割れ粘土質土壌の圧倒的な人口扶養力が印象に残る。しかし、それ以外では、土の良し悪しよりも、むしろ水の供給と土壌の更新が重要であり、若手土壌、強風化赤色土壌、粘土集積土壌に人口が多い。一方で、土壌が老朽化しきったオキシソルでは人口扶養力が少ない。
 河川や火山などから新鮮な鉱物が供給される土地が、結局、人口扶養力が高い。


 肥沃さで鳴らすチェルノーゼムが、表土の売却で不毛の地となったり、土地の奪い合いが発生したり、無理な農業生産でゆっくりと蓄積してきた腐植を失ったり、乾燥地の土地は無理させられない。
 砂漠土は、そもそも水の供給が大事。あと、オーストラリアへの他の大陸からのフンコロガシの導入の話が紹介されているけど、これ、完全に外来種による生態系の破壊だよなあ…
 また、オキシソルはお金をかけて、リンやカルシウムを吸着する以上に突っ込めば、肥沃な農地に変わる。しかし、巨大企業のやり方で地元の人々はむしろ疎外されてしまう。
 強風化赤色土壌は、むしろ建築用の砂の供給元として破壊されがち。ここを舞台に、それぞれ特定の栄養素を吸着するパイオニア植物三種を混ぜて堆肥にすれば、ミニマム技術で土地の肥沃化が可能であるというのは、良い研究だなあ。


 第四章は日本の黒ぼく土のお話。過剰にリン肥料を施肥された土壌から、作物を使ってリンを採掘する。あるいは、黒ぼく土に最適な作物の生産技術が蓄積されてきたが、それが途絶えそうな問題。あるいは、日本の水田が、山からくる水に含まれる栄養素に助けられてきたことなど。ここいらの、土地と栄養素の問題は、作物の市場価格や労働力投入の問題が難しいなあ。


 以下、メモ:

 腐植とは、その名の通り「腐った植物」に由来する。落ち葉や枯れ草や根といった植物遺体に限らず、動物や微生物の遺体やフンも材料となる。ただし、例に挙げたような生物遺体のままでは腐植とは呼ばない。新鮮な生物遺体が原形をとどめないほど細かく分解され、腐葉土となる。腐葉土はさらに変質して腐植となり、一部は粘土と結合する。古いものでは数万年前、氷河期のマンモスや縄文時代の炭に由来する炭素原子まで土の中に残っている。高度に発展した現代の科学技術を結集してもなお、複雑すぎて化学構造も部分的にしか分かっていない脅威の物質である。土の機能を工場で再現できない理由もここにある。p.28

 へえ。自然の力。

 砂漠土や塩類集積は遠い異国のことのようだが、身近なところにも存在している。ビニールハウスだ。大量の肥料を撒いて野菜を生産する温室栽培では、水の蒸発も速い。やはり、土壌の塩類集積が問題となる。塩類を除去するためにお金がかかれば、スーパーで買うトマトの値段に跳ね返ってくる。p.113

 へえ。日本でも無縁ではないのか。現在の日本だと、安い産地を求めて、あっさりと耕作放棄されそうだけど。