長田龍太『続・中世ヨーロッパの武術』

続・中世ヨーロッパの武術

続・中世ヨーロッパの武術

  • 作者:長田 龍太
  • 発売日: 2013/08/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 読み始めてから、2ヵ月以上かかって、もはや前の方を忘れかけている…


 「中世ヨーロッパ」の枠を越えて、19世紀あたりの銃剣術やバリツ、騎兵用サーベル術、18世紀スコットランドのハイランド地域の武術とそれに対応する訓練、ペルシャ地域の武術と言った広い範囲の武術が紹介されている。


 全体は三部構成。第一部は概説、第二部が武器について、第三部がメインの武術の技法解説。こうしてみると、武器の多様さが印象的だな。日本でも、室町時代あたりでは、長巻や金砕棒、鉞あたりが馬上打物として利用され、ノウハウもあったんだろうけど、武装が打刀に槍、弓矢、鉄砲に収斂して、失伝した側面はありそうだな。いや、近代に整理された際に脱落したのか。


第一部は概説。前巻の内容と重複する感じだが、後半の訓練の部分は興味深いな。剣術ギルドをはじめ、射手などの飛び道具射手のギルドが存在。剣術ギルドでは、稽古の所作が決まっていたり、階級があって、武器ごとの練習にも制限があったとか。昇級のための試合が、興行的な性格を持って、イギリスでは公開挑戦状みたいなのがだされるようになっていた。あるいは、フランドルなどのギルドのギルド最強者「王」を決める試合とか。つーか、かなり王に有利な規定になっていたのな。
 当時の訓練が、「型」の練習のうちに戦術眼や体を鍛える機能も含まれていたとか。


 第二部は武器の紹介。このあたりが、個人的には一番おもしろいかなあ。
 板金鎧「コート・オブ・プレート」の圧倒的な防御力。中世後期に、このタイプの鎧が現れたことで、武術も対応を余儀なくされた。目や腋、股間といった鎧の隙間を突くか、鈍器などで間接の隙間を潰して動きを制限する、あるいは格闘で投げ飛ばすといった対策が必要となる。一方で、全身を板金で覆う鎧は、通気が悪く、熱が篭りやすい。真冬でも熱中症で死ぬことがある。あるいは、全身に重量がかかるため、動くと急速に消耗するという欠点がある。また、布地などに小札をリベットで固定したブリガディンという鎧も広く利用された。
 両手剣の記事も興味深い。多数の相手と戦う際に有用な武器で、扱いとしては長柄武器に近い物があった。ルネサンス期の両手剣ツヴァイハンダーは、軽量化のため、薄く作ってあって、水平に持つと切っ先が自重で下がってしまうほどだったという。これ、下手くそが使ったら、普通に剣を曲げそうだなあ。
 長柄武器としては、戦場で方陣を組むパイクが戦場の王様。めちゃくちゃ長い。3.5-5メートル。ランツクネヒトが、中央で持つ独特の使い方をしていた。また、技量が要求されるが、斧の刃などの斬撃、刺突、スパイクなどを持ち、複合的に使えるハルバードやビル、ウェルシュフックなども重用された。
 乗馬戦闘についても言及されているのが興味深い。戦場においては、馬の疲労をさけるために、歩行や停止状態での戦闘がメインだった。また、乗馬戦闘の要諦としては、鞍の上で安定して落馬しないこと、と。あるいはランスレストによるランスの固定とか。
 盾も興味深い。なんか、がっちり敵の攻撃を受けるイメージだが、実際には重量との兼ね合いで、相手の攻撃を防ぎきる防御力は存在しない。実際に、盾を突き破られる描写はけっこうある。盾は、相手の攻撃を打ち払う、あるいは貫通させて奪い取るとか。武器として殴りつけたりするという。弓矢が飛んでくるような場所を除けば、あんまり盾って意味ないような…
 あと、中世後期になっても、投げ槍がけっこう多用されたらしいのも印象的。軽防御の相手のは、依然として有効であったと言うことなのかな。


 第三部は、それぞれの武器による型や技の紹介。本書の肝なんだけど、私の理解力が乏しいで簡単に。体を斜めにして、相手の切っ先を逸らすやり方が、高校あたりで習う剣道と全然違う感じがするなあ。古流武術との比較だとどうなるのだろう。普通に、本書で紹介されるような、軌道を逸らすやり方もあるのかな。日本刀だと、がっちり受け止める戦い方ができる一方、ロングソードはそういうのが難しいようだが。
 ペルシャあたりの武器や武術の記事も印象深い。ある程度、共通基盤があるように感じるな。地中海世界の軍事技術が、ペルシャ方面とヨーロッパ方面に分岐したイメージでいいのかな。


 コラムもおもしろい。特に77ページ、105ページ、135ページ、242ページ、247ページの「人骨に見る武器の威力」が印象的。兜があるかないかで、生き延びられる可能性がずいぶん違う。1361年のヴィズビーの戦いの犠牲者の集団埋葬墓では、富裕層は頭部に傷を受ける率が少ないのに対し、一般階層では頭部の受傷が多い。頭蓋骨に食い込むような傷が複数残る。戦闘の狂乱の中で何度のたたきつけられる。
 あるいは、バラ戦争で敗死したリチャード3世の遺体から、鎧で体にほとんど傷を受けない一方、兜を脱いでいたため、頭部に複数の傷を受けている。特に、後頭部にハルバードウェルシュフックなどの武器で付けられたとおぼしき傷が即死級の致命傷、と。死に様まで分かるのか…