南陀楼綾繁『蒐める人:情熱と執着のゆくえ』

 2002年ごろに行われた書誌や古本業界関係者へのインタビューを集めた本。図書館になるはやで返すために、急いで感想をば。


 しかし、古書趣味で、名の通った活動する人って、やはり文化資本の影響が大きそうだな。養父がそれなりに名前の通った在野研究者だった稲村哲元、親戚が江戸川乱歩に会える環境にあった戸川安伸とか、角川源義邸をたまり場にしていた河内紀とか、文化資本というか、チュートリアルが充実しているというか。なんか、地方都市の郊外生まれ育ちだとよくワカラン世界だなあ。一方で、著者の南陀楼氏は地方でひたすら純度を高めたマニアだったわけだけど。こちらも実家の経済的余裕が大きかったわけで。


 稲村徹元国会図書館に勤めた書誌学者。戦後すぐの時期の古本趣味者コミュニティの話がおもしろい。そういう人たちが集まってわいわいやってたのね。私家本を出してた怪しい人物森山太郎みたいな人間もいたのか。諜報機関関係者っぽいなあ。


 江戸川乱歩の『貼雑年譜』について編集者の戸川安伸と原本の解体を行った花谷敦子へのインタビューもおもしろい。自分に関する記事に興味がありまくって、徹底的に集めて、それで自分の年譜をつくった江戸川乱歩。自分大好きだったのか。それを写真撮影して、張り付けたいろいろな物を復刻して、スクラップブックを再現する。めちゃくちゃお金がかかりそうなお仕事。大量には作れないよなあ。一度企画が流れてるのも宜なるかな
 しかし、この『貼雑年譜』、その後、「仕立て直し」で台紙は取り替えられてしまったらしい。文化財保存という視点から見ると、アレだなあ。


 庶民文化研究の串間努へのインタビューもおもしろい。雑本・実用書に幼い頃から耽溺したあげく、個人発行の趣味誌の世界に耽溺、その後、事物起源の世界へ。社史や業界誌から『日曜研究家』誌をコミケで販売する流れ。ミニコミ誌コミュニケーションの世界かあ。
 紹介されている『捜査参考図』というのがおもしろそう。

串間 この本は、服、履物、眼鏡、財布、家具、貴金属、印刷、工具など、犯罪に関係しそうなあらゆる事物の各部位の名称がこと細かく書いてある。鍵だったら、シリンダー南京錠、ダルマ錠、しんちゅう中折捻締錠、クレセント錠、ラッチ錠とか、金庫は天板、側板、裏板、地板、自在車輪、煙返、ヒンジ、カンヌキなどからできているとか。
 警察が調書を取るときに、全部のものを文章で、表現しなければならないから、そのための便覧です。p.82



 古書界の生き字引と言われた八木福次郎の話が興味深い。古今書院の戦前の姿が、もう、見事に商家といった感じ。住み込みの丁稚さんという感じだなあ。あとは、『日本古書通信』誌が、古書の相場を伝える情報誌として創刊されたけど、組合が相場の公表を禁じて方向転換を余儀なくされた。文人的な書き手が消えて、その後の書き手が見つからない問題。
 戦後はデパートが売るものがなかったから、入手しやすかった古書を扱う「デパート古書部」を創設して、著名な市場関係者をヘッドハントしていたというのもおもしろい。


 都築響一との対談も興味深い。『ドレス・コード? ―着る人たちのゲーム』展で印象に残った人。いろいろとフラットに記録したい。今までの出版の容量を超えた詰め込みがネットではできる。出版界の感度低下とか。