村上リコ『英国社交界ガイド:エチケット・ブックに見る19世紀レディの生活』

 図書館に返却しないといけないので、取り急ぎ。
 社交界に新しく入ろうとする新興階層向けの社交界指南書から、当時の社交界の姿を明らかにしようとする本。同時代の絵画が多数収録されていて、ヴィジュアル的にも楽しい。アウトサイダーとしては、煩雑な排除のシステムが整理されて提示されるのがありがたい本。
 個人的には、エスタブリッシュ側の心性みたいなところに興味があるので、そういう意味ではちょっと興味から外れている。むしろ、同時代の文学を漁った方が良かったか。


 しかしまあ、「社交界」というのは、同時に「エチケット」で敷居を高くして、仲間内で固まる排除の装置でもあるんだな。新参者は、こういう煩雑な儀礼を身につけ、実践するのに汲々とする一方、もともとのエスタブリッシュメントは、わりと自由にルールをいじり、破って見せつけるのも個性付けとしてありという。
 特に19世紀は、新興の階層が大量参入したから、シャットダウン効果が強化された面もあるのかな。


 第一章は「訪問とカードの使い方」、第二章は「ドレスコードが人を作る」、第三章「家庭招待会と正餐会」、第四章が「舞踏会と男女の駆け引き」、第五章が「喪服のエチケット」という構成。


 ちょこちょこと時間をかけて読んだため、全体が頭に入ってるわけではないが…
 互いの家を訪問するにも、訪問カードによる煩瑣なルールがあるというのが、なかなか難しい。意図的に、打ち解けた関係になりにくいようにしてあるのかね。地方などで上流社会に受け入れられるためには、立場的に上位の側が訪問してくると言うのも興味深い。


 ドレスに関しては流行があるので、一概に言えないというのは現在と一緒だなあ。一日でも午前と午後、シチュエーションによって細かく着替えていたこと。イブニングドレスにも「正装」と「半正装」が存在した等バリエーションがある。あと、他所の家を訪問したとき、長居するつもりがないことを示すために帽子や手袋、外衣を取らなかったという話も興味深い。
 挿絵を見るに、あの動きにくそうなロングスカートでローン・テニスだの、スケートだのを楽しんでいて、すごいなあ。あと、52-3ページの自転車用ドレスやティーガウンの形がデカくてモビルスーツみたい。


 日中に家に招待して、様々な余興でもてなすイベントが「家庭招待会」。規模として50人から数百人だと、相当お金が必要そうだし、会場が問題になりそうだよなあ。個人的には、こういうのをどの程度の頻度で開いていたのか、裏方を誰が負担していたのかに興味がある。ディナー(正餐会)の徹頭徹尾序列を意識した構成とか、それを巡っての争いも印象深い。


 舞踏会と言えば、ネット小説では「婚約破棄」の場となるのが基本だが。
 招待客を確保するのに苦労するお話が印象深い。有名な人を呼びたいけど、そのためにコネを使うとそっちにごっそり乗っ取られるリスクもある、と。舞踏会は女性の結婚相手を見定める狩り場。男性は足りないので、男性を連れて行くのは歓迎されるという。中世のヴェネツィアなんかもそうだけど、一定の地位を築くのに時間がかかるので、女性と年の差が出来てしまうというのはありがちのことだったようだ。
 あと、ダンスが「女性的な技術」で最上級の貴族ならともかく、中流クラスの男性にとってはなじみがないものであったこと。それもあって、実は男性にとって舞踏会は苦痛の時間だった可能性もある、と。品定めされる場だしなあ。