アンドルー・C・スコット『山火事と地球の進化』

 読み終わってからけっこう時間が経ってしまっているが、図書館に返却しないといけないので、急いでまとめ。非常に興味深い内容だったのだけれど、どうにも、まとめにくくて、ここまで引っ張ってしまった。


 御船層群でも、植物の茎部分の化石が出てくるけど、今時は何の変哲も無い材化石からこれだけの情報が絞り出せるのだな。走査形電子顕微鏡やシンクトロンなどの大型の研究機材、現在の木炭を様々な条件を変えて作ることで比較、同じく現在の野火の現場を観察することでの木炭の産状を検討するなどから、驚くほど多様な情報を絞り出している。
 樹脂で固めて研磨することでプレパラートにするが、その反射率が焼けたときの温度を反映しているというのが、実に興味深い。それによって、地質時代の山火事の激度を測ることができる。あるいは、石炭層に含有される木炭の割合が酸素濃度を反映している。などなど。
 酸素濃度が上がると、野火が激甚なものになる。地質時代の高酸素濃度期にどんなヤバい火災が起きていたか。いま、人類が認識している環境が、いかに特殊な条件にあるか。


 一章の現代の山火事の話が興味深いな。衛星のリモートセンシングによって明らかにされる、グローバルな山火事の動態。半乾燥地域では、季節ごとの火災のパターンがある。というか、そこに生きる植物は火災を生態に折りこんで生きている。それを抑止する人間の活動が、むしろ火災を激甚化させている。
 火災後の焼け跡の変化の観測も興味深い。焼けた木炭は、その後、風や水によって移動する。水の篩い分け効果によって、同じような種類の焼けた植物体が同じような場所に集中する。また、水流によって、比重が軽い木炭は長距離移動をすることになる。
 同時に、植物による被覆を失った地面は「火事後浸食」を受けることになる。32ページで紹介されている扇状地のような、かなり大規模な土砂の移動が起きているのが印象深い。阿蘇外輪山のような火入れが行われている土地でも、火事後浸食は起きているのだろうか。31ページの図5のヘイマン・ファイアー跡地の写真、阿蘇の草原の風景となんとなく被るものを感じるのだが。


 第1章から3章までが、野火の古生物学の総説的な部分。その後、4-7章は、それぞれ古生代中生代新生代、人類活動を経時的に取り上げる。


 古生代後半は、地上に植物が進出し、同時にそれを燃料とした野火が広まる時代。シルル紀後期からデボン紀前期には、炭化した植物化石から、野火が起きていたことが明らかになっている。しかし、デボン紀中期には酸素濃度が低下して、野火の結果である木炭化石の証拠が減少する。その後、デボン紀後期には木炭化石が見つかるようになる。一方で、森林火災はかなり後々になるなど、いろいろと意外な特徴があるのだな。
 石炭紀以降には、石炭層の木炭比率から酸素濃度が高い時代と推定されるが、それだけに野火も頻発する時代であった。
 そして、古生代ペルム紀末の大絶滅で幕を閉じる。


 中生代の開幕、三畳紀初頭には「石炭空白期」と言われるなど堆積物が少なく、状況がよく分かっていない。その後、生態系の回復とともに山火事の証拠も増えてくる。パンゲア大陸の分裂の影響。ジュラ紀には、乾燥期という気候的特性が木炭化石の算出に影響しているらしい。白亜紀前期には火災が増大。この攪乱期に被子植物は適応していたようだし、松類も同時期に進化した。


 新生代は、長期的に大気の酸素濃度が低い、特異な時代なのだな。古第三紀の途中で、何らかの気候システムの変動があったのかな。「暁新世・始新世境界の温暖化極大」が興味深い。4700万年前には、現在の火事システムと同じになっていた。サバンナの進化というのも興味深い。火災を武器にして、他の植物を排除して、草原は維持されている。あるいは、3000万年前からの乾燥化、1000万年前からの寒冷化。地球史的には、珍しい時代なのか。


 最後は人類が火を使った証拠についての話。
 人為的にかまどとか、何らかの設備を作らない限りは、遺跡から見つかった木炭が人類が火を使った証拠とは言い難いというのが難しい。外部から流入した可能性を排除するのが難しい。
 190万年前のホモ・エレクトゥスの段階で寒冷地への進出に火を使っていた可能性が高い。物的証拠は100万年くらい前から。30万年前くらいから証拠が増えて、調理を日常的に行うようになったのが5万年くらい前、火起こしを自在に行えるようになったのが4万年くらい前。意外と火を使いこなすのに時間がかかったというか、割と最近のことだったのだなあ。
 野焼きに関しては、気候変動の影響のほうが大きい。「火事レジーム」を変えるほどのものではなかった。しかし、地質的な証拠は年単位くらいの解像度だから、シーズン前に火入れするなどの工夫は読み解けない、と。
 あるいは、炭化した植物から圧搾したぶどうを識別できる。DNA情報を引っ張り出すことができるというのもすごいなあ。


 最後の8章は今後について。
 侵略的外来種が、在来の植物を追い払う武器にしてしまっている状況。ポルトガルユーカリ農園が、地域の火災のパターンを変える。ユーカリは火災に適応というか、武器として使ってる方だけにヤバい。あとは、雑草の類いも。
 そして、野火とどう付き合うか。森林の破壊の武器に使われる場合もあるし、居住の自由の問題、環境保護の問題。様々な論点をどう調整していくか。阿蘇のようにずっと火入れをしている場所でも、いろいろと問題が起きるわけで…


 以下、メモ:

火事が促す植物進化
 燃えやすいタイプの植物というのはたしかにある。数百万年という長大な時間をかけて火事と共存する方法を強化してきた植物や、火事を利用するように進化した植物がそうだ。生存戦略として、樹皮を厚くして簡単に焼かれないように進化する例がある。マツ類の一部はこの性質を、火事が多発していた一億年前ごろの白亜紀に獲得した。巨木のセコイアの樹皮の厚さはよく知られている。セコイアの倒木には火傷の跡がたくさんついている。樹齢1000年を超えることもあるセコイアにとっては、多数の火事を生き延びてきた勲章のような火傷痕だ。樹木の形成層(成長中の細胞がある層)は樹皮のすぐ内側にある。厚い樹皮が断熱材となって、その形成層を火事の熱から守ってくれる。しかし、熱が樹木を内側から弱らせることもある。根から葉に水分を運んでいる木部細胞の中にある水分が、熱によって奪われてしまうからだ。
 地中の根系に支えられたクローン群生で生き延びる、という生存戦略もある。そうした植物は、地上部分が焼かれても根が生きていて、火事後に新たに芽を出す。こうしたメカニズムは草や低木だけでなく、樹木にもある。アメリカ西部の山火事多発地域に生えているアメリカヤマナラシは、多数の木が群れているように見えるが、実際には根でつながった単一の木だ。
 芽を樹皮で保護している植物もあり、そうした植物は火事が去ったあとに出芽する。オーストラリアのユーカリがその代表だ。針葉樹には、火事の熱を受けたときだけ球果が開いて種子を落とすものもある。その種子はライバルがいない地表で育つことができるから有利になる。ヒッコリーマツがこの戦略を使っている。南アフリカとオーストラリアに生えているヤマモガシ科の一部も、火事のあとに種子を放出する。驚くような火事への適応として、煙に含まれる成分に反応する植物もいる。南アフリカのフィンボスという植生地では、数種の植物が火事の直後に種子を落として出芽させている。フィンボスにはこうした戦略をとる植物が数多く生育しており、種子のまま地中に長くとどまって火事の熱を合図に発芽する植物もある。p.40-42

 火災に対する適応。

 どんな植物のパーツ(器官)も木炭になりうる。私が最初に見つけたのは、石炭紀の針葉樹の「葉」の木炭化石だった。ヨークシャー州リーズ近郊のスウィリントン採石場で見つかった針葉樹だったので、この植物はのちにスウィリントニアと名づけられた。葉には気孔が残っていた。気孔とは、植物が大気とガス交換をするのに使う、葉に空いた穴である。木炭化したスウィリントニアの葉に保存されていた気孔は、のちに、三億年前の大気中の二酸化濃度を測るのに利用されることになった。気孔の密度は大気中の二酸化濃度と逆相関する関係にある。二酸化炭素が少なければ少ないほど多くの気孔が必要となるからだ。このスウィリントニアの葉には多数の気孔があった。ということは、当時の大気中の二酸化濃度が低く、寒冷な気候にあったと推測できた。このように、木炭に保存された植物から、当時の植生はもちろんのこと大気組成から気候まで知ることが可能になった。p.65


 植物界のつぎの重要なイノベーションは、草の出現だった。草の進化と多様化が起きたのは、3000万年の漸新世のことだ。草は大量の燃料となった。ところが、700万年前ごろ一部の草が、C4という新たな生化学経路を使って光合成する方法を見つけた。この方法は、より乾燥した土地での生存と繁栄を可能にしたので、広大な草原があちこちにできた。アフリカのサバンナが出現したのもこのころだ。現代につながる植生が、こうして地球上に出そろった。p.89

 割と最近の話だな。