『捕鯨に生きる』


 非売品の、いわば「日新丸お疲れさま」本。捕鯨母船日新丸の退役と新母船関鯨丸への交代を紀念する本と言うところ。
 前2/3程は捕鯨活動の様々な写真と各種活動の解説。後半は、乗船ルポや捕鯨の歴史、社長へのインタビューなど。


 銛の発射直後の写真を見ると、捕鯨砲って完全に短カノンなんだな。75ミリ口径だから、4号戦車の短砲身タイプとあまり変わらないような。あと、命中時にけっこう血が出るのだなあとか。
 調査捕鯨から商業捕鯨に変わって、肉質重視に変わって、現場から会社まで発想が変わっている状況。肉質を良くして価格を維持しようとしていたり、海外から輸入して市場を維持しようとしている努力が興味深い。あと、生食用の肉がキロ50万円というのもすごいな。


 前半の写真集部分がおもしろい。捕鯨の現場。
 今はキャッチャーボート一隻、母船一隻の「船団」なのね。基地からの沿岸捕鯨が30トン程度のキャッチャーボートに対して、外洋をというか、南極まで行けるキャッチャーボートは742トンとかなり大型なのだな。鯨を探すための高いマストと捕鯨砲を据え付けてある高い船首楼が印象的な第三勇新丸。ソナーが付いているけど、これが小説『駆逐艦キーリング』みたいな感じで印象深い。
 探鯨、鯨種確認、追尾、射撃と進んで、絶命した鯨をウインチで船に固定する抱鯨、母船に引き渡す渡鯨、母船上に引き上げる揚鯨。母船に引き上げて、なぎなたみたいな大包丁で大まかに切り分ける解剖、そこから人が動かせる程度の大きさに切り分ける截割、10キロの冷凍パンに納めるパン立て、急速冷凍、ダンボール詰めの工程を経て、製品化される。


 後半はコラム類。
 北嶋晃宏「さようなら日新丸」は、最後の船長の送る言葉。最初はアメリカの200海里水域で操業するトロール漁船として建造されたけど、アメリカの政策変更で漁場がなくなって、捕鯨母船に改造された。さらに、二度の船内火災の思い出など。


 山川徹「日新丸船団乗船記 2022/9/14~11/12」は、乗船ルポ。乗組員へのインタビューなど。探鯨、てっぽうさん、大包丁といったポジションの人々や品質管理の人物など。現在は大腸菌による肉の汚染に気を使っている。肛門にウェスを詰めたり、解剖デッキの床材をブナからポリエステルに変えたり。生食用で出荷できると、価格が全然違うのか。


 赤嶺淳「日新丸から関鯨丸へ:母船式捕鯨業のあらたな挑戦に贈る」は、母船式捕鯨の歴史。もともとは鯨油の生産が目的だったのが、今は肉がメインになっているんだよな。そういう意味では存在意義が問われる局面、と。
 南氷洋の母船式捕鯨進出が、国際的な孤立や鯨油の価格低下という不利な状況のなか、日産コンツェルンの資本や政治力、蓄積されてきた技術力によって可能になったという。旧東洋捕鯨で蓄積されてきた捕獲・解剖技術と、共同漁業が蟹工船操業で蓄えた船団経営のノウハウという二つの流れが合流しているというのも興味深い。


 ラストは「共同船舶社長・所英樹インタビュー:新母船「関鯨丸」に託すメッセージ」。社長インタビュー。
 5500トンの供給量を維持しないと加工業者や料理屋などのエコシステムが生き残れない。その維持のために、共同船舶自身が海外から鯨肉の輸入を行っている状況。そもそも、5500トンの市場って、すごく小さいなあ。プロモーションや品質向上で価格を上げる努力。熟成生肉が美味しいのだとか。
 しかし、現状を見ると、母船式捕鯨業そのものが、ギリギリ感があるなあ。


 巻末に他の漁業資源を大量に食べる鯨の捕獲がSDGsに適うとか、鯨肉がヘルシーフードであるという宣伝文句が掲載されているけど、ちょっと上滑りしている感が。そもそも、捕鯨で減りまくった状況での生態的位置で資源問題を議論するべきじゃない。それに、生態系上位生物全体に言えることだが、生物濃縮の問題も考える必要がある。


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ja.wikipedia.org
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