千葉達朗『「最新版」活火山 活断層 赤色立体地図でみる日本の凸凹』

[最新版] 活火山 活断層 赤色立体地図でみる 日本の凸凹

[最新版] 活火山 活断層 赤色立体地図でみる 日本の凸凹

 「歴史的大規模土砂災害地点を歩く」で地滑り地を見たり、火山関係の本を読んで、地理院地図を見まくったので、赤色立体地図ではどう表現されているっけと気になったため、図書館から借りてくる。
 旧版を読んでいるが、今回は、東日本大震災をうけて、2011年に再刊されたもので、断層の記述が強くなっている感。


 しかし、実は、単純に火山の溶岩の流れや山体崩壊を観察するだけなら、赤色立体地図よりも傾斜量図を使うほうが、鮮明に見えるような気がする。少なくとも、地理院地図では、赤色立体地図モードより、傾斜量図のほうが火山の観察がしやすい。傾斜量図は、どっちに傾いているかが分からないという欠点もあるが、色別標高図と切り替えれば、それも問題ないしな。地理院地図を使うという前提では、傾斜量図のほうが優れているように感じる。
 で、本書でクローズアップしている火山をそっちのけで、あちこち火山の痕跡探しに没頭してしまった。北海道とか、東北とか、結構、火山のカルデラ跡が残っているものだな。というか、他から離れた、独立峰を見かけたら、たいがい火山という。以下、本文そっちのけで、いろいろと、気になった地形をメモ。



十勝三股カルデラと然別火山群

 適当に北海道の火山を見ていたら、上士幌町の北端に、なんか、不思議なカルデラを発見。山体崩壊にしては、下に流れ山がないし、なんだろうと思ったら、火山のカルデラらしい。北海道中央部、更新世の十勝三股カルデラの提唱と関連火砕流堆積物によると、100万年前の噴火でできたカルデラらしい。ぱっと見、よく分からないけど…
 基本的には、廃線と廃駅が有名らしい。確かに、通すならここといった場所ではあるが…


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 そのまま、地図を南にワイプすると、今度は比較的明瞭な火山群が然別湖の南岸あたりに出現。これを然別火山群というらしい。30万年前から2万年前と、比較的新しい火山。傾斜量図で見ると、南へ流れる噴出物の痕跡も見て取れる。これ、ダム湖じゃなくて、堰き止め湖なのか。
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赤井川カルデラ

 小樽の南西、赤井川村と仁木町に広がるカルデラ。中心のカルデラの周りを、さらに余市川の谷が取り巻いていて、衛星画像からもわかりやすい。二重のカルデラというのがすごい。
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増毛山地

 古い火山。傾斜量図で見ていると、平坦な高原が目立つ。ずいぶん浸食されているようだけど、東側には「北海道の尾瀬」と言われる雨竜沼湿原が広がっている。しかし、本州の山と違って、山小屋とかがないのだな。
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七時雨山

 岩手県八幡平市にあるカルデラ火山。面白いのは、ここが昔の街道の通り道だったらしいこと。確かに、上ってしまえば、割と平坦な道になるが。花輪盆地方面に抜けるなら、前森山の麓を巻いていく方が、楽そうだなあ。あっちは、いくつか、沢があるけど。
 西側斜面の「車之走峠」というのが、いかにも廃道がありそうな感じのする地名。明治の馬車道くらいありそうだなあ。
 グーグルマップだと、わかりにくい…
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姉帯・小鳥谷・根反の珪化木地帯

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 この辺、なんか地形が不自然な感じがする。断層か、隆起の構造帯でもあるのかね。馬淵川の段丘がなんかすごいな。




梨の木峠

 七時雨山の北西、津軽街道の峠。三本の谷が切り込んでいて、国道、高速道路、鉄道がそれぞれ、別の谷を通っているのがおもしろい。現在の道は、車両用っぽい線形だけど、江戸時代の道はどんなだったのだろう。
 南からみて、手前の荒屋新町ストリートビューで見ると、良い感じの建物がけっこう残っているな。昔の宿屋かなんかかな。

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男鹿半島の火山群

 海岸線にあって、港になっている戸賀港が一番目立つが、近隣の目潟、内陸の寒風山など、多数の火山跡が。
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鬼首カルデラ

 宮城県の北西端、荒雄山を中心とするカルデラ。火山活動は20-30万年前だそうな。温泉がいくつもあると言うことは、完全に冷えたわけではなさそうだが。荒雄山が中央火口丘ではなく、隆起したってのが、すごいな。
 南の潟沼周辺の火口群もなかなか。というか、こっちもカルデラなのか。鳴子カルデラというのが、あるそうで。
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船形山

 十和田湖から赤城山あたりまで続く火山フロントの山々の一つ。不自然に緩やかな斜面があるから、元火山だなと分かる。比較的古い火山のためか、溶岩や火口は目立たず、どっちかというと地滑り地形が多い。東側の斜面に池が多いのは、そのせい。
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月山

 出羽三山の一つとして有名な山。ここも、元火山。傾斜量図で見ると、山頂の東側は緩やかな高原になっているのに対して、西側は険しい浸食地滑り地形になっている、二面性が印象的。昔の修行者も、険しい山の上の平原に、天国を見たのだろうか。
 藤島川の谷のでかさと、平野に出るとこに残る山体崩壊の流れ山が、この山の暴れっぷりを物語る。
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猪苗代湖

 猪苗代湖って、堰き止め湖だったんだな。北西の流れ出しのところに、流れ山があるということは、山体崩壊でせき止められたのかね。ウィキペディアでは、火砕流堆積物で埋められたとされているが。
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蔵王山

 火山による溶岩よりも、派手に崩れているなあという印象を受ける火山。御釜がある五色岳も、かなり崩れた形跡があるけど、崩れた土砂はどこへ流れたのだろうか。
 西側に山体崩壊して、流れた酢川泥流、巨大な堰き止め湖を作っていたっぽいなあ。
 北の八丁平にある有耶無耶関って、これが有耶無耶の語源なのか…
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沼沢湖

 会津盆地の西にある、見るからに火山のカルデラ。直近の活動では、5000年前に会津盆地まで届く火砕流を噴出しているそうで、思った以上に新しい山だった。
 あと、周り、ダム多すぎ…
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七ヶ岳

 これ、カルデラ火山じゃないのか。いかにもといった雰囲気の地形を作っているけど。それらしい情報はないなあ。南の高杖原にも、それっぽい盆地が存在するが。
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戸板峠

 なんか、地図にない、立派な二車線道路があるけど、これ、何!?
 作りかけの道路林道が、結局、計画中止で放置されているらしいが。ここまで作ってもったいないと思うべきか、ここから先の工区が金がかかりそうと考えるべきか…
 地理院地図の航空写真が撮られた時点では、北側からは道路工事が行われているな。
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白鷹山崩壊地

 山形盆地の西にあるカルデラ。山体崩壊で形成されたようだが、どの程度の広がりがあったのだろうか。かなり古い時代の崩壊のようだから、平野部は浸食されたのかねえ。文献としては、山形県白鷹カルデラの構造と岩屑流堆積物蔵王火山および白鷹火山の巨大山体崩壊発生時期が引っかかった。
 西側にも大規模に崩落しているらしい。ここらあたり、谷を埋めて、河川争奪を引き起こしていそうだなあ。
 ここいらは、明らかに不自然な川の流れ(地理院地図から)

 ここも、尾根で分水界が出来ているけど、谷の中でかなり錯綜している。



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調子悪し。

 いつまでたっても。脇腹のヒリヒリ感が消えない。ついでに、体がだるい。帯状疱疹関係かと思って、皮膚科に行ったけど、一月で再発はあんまりないということで、塗り薬をもらって終了。2時間ほど待ったんですけど。おかげで文庫本を一冊読み終わったぜ…
 ということで、ただの体調不良のようです。休んでろってことかいな。


 で、そのボケボケ頭のせいで、夕食後の薬の時間に、アモバンを飲んでしまう。やらかしてしまったのだ。
 前にやらかしたときは、速効で寝たけど、今日はそれほど眠くもないな。いや、ずいぶんぼーっとしてきたんだけどね。このまま寝るか、引っ張るか。引っ張ると、今度は眠れそうにもないのが。どうする…どうする…


 遅咲きの八重桜が咲いているところに回ってみたが、もう、いよいよ桜のシーズンは終わりだなあ。まだ、それなりに花はまとまってしているけど、花びらに瑞々しさがなくなっているなあ。


西股総生『杉山城の時代』

杉山城の時代 (角川選書)

杉山城の時代 (角川選書)

 お城本、二冊目。竹井英文『戦国の城の一生:つくる・壊す・蘇る』 を読んで、「杉山城問題」に興味をもって、まさに、それを主題とする本を借りてきた。「縄張り研究」の側から、「杉山城問題」に対する反論の書。なんだけど、前に『戦国の城の一生』を読んで、さらに、斎藤慎一『中世武士の城』の前書きを読んでしまうと、物足りなさがあるなあ。前者では、何度も再利用を受けてきたライフサイクル、広域の技術交流といった視点が出されてきてしまうし、後者では縄張り研究では、野戦陣地と「城」の区別ができない問題がクローズアップされるのではないだろうか。本書でも、特定の方向に防御を固めた「指向性がはっきりしている城」という表現があるが、それって、「城」未満の防御陣地なんじゃないだろうか。まあ、このあたり、城攻めの拠点を「陣城」と言ったりするから、難しいところがあるけど。
 なんか、結局、積極的な反証を提示できなかった感じはある。16世紀初頭という年代観のあやふやさを突くのが、限界だった感じが。決着はついていないが、今のところ、積極的に16世紀半ば以降を支持する証拠がないように思える。
 地表観察できる最終段階の遺構しか分析できないところに縄張り研究の限界がありそうだなあ。確かに、陶磁器の生産と廃棄に、かなりのタイムラグがあり得るという指摘は一理ある。けど、やはり、16世紀の頭に作られた陶磁器製品が大半を占めたというのは、重い事実。比企地方の統治拠点として、北条氏滅亡時まで使用されたことが確実な松山城でも、16世紀半ばまでの遺物しか出てこないという事実は、杉山城、北条氏利用説をサポートするものだけど、これも、現役の城として、おそらく城掟で清掃が行われていたであろう松山城と、内部に居住設備がほとんどなく、長期の使用がほぼ不可能だったと思われる杉山城では、解釈に差が出てくるのではなかろうか。
 そもそも、年代判定については、杉山城からも出ているはずの古銭の鑑定で、絞り込めるのではないだろうか。ネットでざっと検索しても、古銭について言及されていないのが不思議。関東の遺跡の発掘調査報告を、熊本で見るのも、少々めんどくさいし。
 あとは、金属探知機で、広い範囲をチェックするのも、戦跡考古学の手法として、有効だと思うけど。


 後半は、戦国時代前期の可能性が高い城の縄張りや比企地方の諸城郭の縄張り図を示しての議論。興味深いが、縄張りと後世の軍記物しか、材料にできない時点で、やはり厳しい。
 確かに、杉山城は、戦国時代前期の城に似ていない。一方で、比企地域の他の城と比べても、けっこう、浮いているように見えるのだが。
 あれだけ、きっちりと縄張りを作っているのに、建物や門、壁と言った建築物をほとんど欠いているというチグハグさ。郭内の平坦面もほとんど整地されていないというのは、最初から長期間使う前提でなかったとしか思えない。それなのに、きっちりと城ができている。駐屯してから、野戦築城する時間が予想以上にとれたということなのだろうか。結構な土工量が投入されていて、一週間ほどでできたものとも、思えないのだが。建築資材や建築作業を要求される建物などの造作より、堀・土塁といった施設の方が、この時代、低コストだったのだろうか。細かいところで、よくわからないなあ。
 なんか、遠来の技術者のデモンストレーターなんじゃないかといったくらいの微妙さを感じるのだが。
 長く使う予定の「城」は、郭の平地化なんか、ちゃんとやっているようだし。そういう意味で、似ているのは青山城かねえ。


 「太田道灌状」をもとに、戦争が、各地から参加したバラバラの軍勢による決戦メインの戦争から統一的指揮による立体的作戦の展開への変化という、戦争の歴史的変遷を指摘する仮説を紹介していて、これはこれで興味深い。しかし、これも、太田道灌の書状がたまたま残っただけで、他にもやってたんじゃという疑いが。

鬼滅の刃 第1話 - ニコニコ動画


 あああああああああああああああああああ!!!!


 なかなかに印象的な導入。炭焼きで生計を立てる家族。貧しいけど、幸せな暮らし。しかし、炭を売りに炭治郎が出かけている間に、家族は「鬼」に惨殺される。たまたま、三郎じいさんに呼び止められ、一晩泊まったことで、難を免れる。唯一生き残ったネヅコは、鬼に変貌。殺されかけたところで、鬼狩りの富岡義勇に助けられる。
 ネヅコを殺すつもりだった義勇だが、必死に妹を助けようとする炭治郎の姿、そして、まだ理性が残っているらしき彼女を見て、様子を見ることに。こっから、炭治郎は、修羅の道を歩む訳か。


 最初の、父親を失ったけど、母親と五人兄弟姉妹で力を合わせて生きている姿が、もうね。最初から壊れると分かっているだけに…

石井あつこ『廃道を歩く:地図で楽しむ「忘れられた道」』

廃道を歩く

廃道を歩く

 女性オブローダーのレポート本。なんとなく、ネットでも男性のサイトが目につくが、女性オブローダーもそれなりに存在するのか。
 しかしまあ、この手の本を何冊か読んで、峠とか、渓谷の国道なんかで、廃道の気配はつかめるようになってきたな。
 いつも思うのだが、こういう明治の車道探索って、なまじっかな登山より危険度高いのではなかろうか。崖崩れで埋まったところを強引に突破したり。高所恐怖症にして閉所恐怖症だから、廃トンネル潜りとか、廃橋渡りとか、真似できる気がしないなあ。特に、廃トンネルとか、無理無理。藪こきも、勘弁して欲しいけど。
 夏場は雑草が茂って探索しにくいってのは、化石探しで経験あるなあ。沢が雑草で埋まってた。廃道探しにちょうど良い季節は、今頃ということか。冬は寒いしなあ。


 ここの廃道探索については、ちょっと感想の書きようがない。峠の徒歩道と廃トンネルの探索が多いけど、トンネルの出てこない廃道も多い。新青梅街道の黒川通りは、割と有名かな。個別の物件では、山梨県都留市田野倉の水路と車道のハイブリッド地下道と旧国道254号の木造トラスが残る旧落合橋が印象的。
 ラストの戸倉峠の未成隧道が、なんというか、すごい。残されたメッセージ。そして、潜るときの危険度。
 しかし、馬車用の車道規格の道路でも、管理が放棄されると、崖崩れで埋まり、路盤が浸食されて、消えていくのだなあ。


 今回、地理院地図の地形図と最新航空写真、1970年代の航空写真を首っ引きでの読書。1970年代と比べると、植生の変化が顕著。1970年代と比べると木が育って、上空からの観察が難しくなっている。70年代航空写真では追跡できるルートが、現在は全く見えなくなっていたり。
 あと、こうやって地理院地図を使いまくっていると、いろいろと不満も大きい。ちょっと広域を表示すると、一気に情報量が落ちるのはなんとかならないだろうか。ある程度広い範囲の地形を見ようとすると、ものすごく手間がかかるのだけど。
 航空写真も、「最新」のものが1970年代のものという場所が、山間地を中心に多くて、改善して欲しい。


 途中に挟まれる今尾恵介氏との対談がおもしろい。
 こういう、物怖じせずに話しかけることが出来る人は強いなあ。廃道趣味に入るときに、見に行った興奮のままに平沼氏に会いに行ったり、講演会で今尾氏に話しかけたり。
 堀淳一さん、2017年に亡くなってたのか。ちょうど、堀さんの本を読み始めたところなのだが。そうか。『地図のたのしみ』私も読んだなあ。

雨降らず

 なんか、雨が降る予報だったのに、ほとんど降らず、微妙に曇ってるだけの一日だったな。
 脇腹がヒリヒリするのだが、帯状疱疹って、そんな短期間で再発するものなのだろうか…


 たまたまつけっぱなしのニュースで、天皇伊勢神宮に入るシーンを放映していたのだが、リムジンの前後を護衛する黒っぽいサイドカーが印象的だった。検索すると、どうも、皇宮警察の所属車両らしい。どうやって、三重県まで運んだんだろう。自走か、他の輸送手段で事前展開したのか。黒に金の縁取りのヘルメットも目立つ。
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この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO 1-2話

この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO #1 『You Know?』 - ニコニコ動画


 うむ、さっぱり分からん。そういえば、ループものだったっけ。
 なにやら、時空間を操る装置を託された主人公、たくや。装置を狙われたところを、いきなり、時空転移か何かで、別の世界線へ飛ばされる。
 とりあえず、両親の「研究」が何やら関わっているらしいとか、海岸の工事が問題を引き起こしそうとか。そういう、今後の展開の残量がちりばめられている。


 テレビがブラウン管だったり、公衆電話でしゃべっているあたり、90年代初頭あたりが時代設定なのかな。そういえば、10円玉積み上げてとか、やってたなあ。


 なんというか、主人公のキャラ造形とか、ヒロインのデザインやら、今風ではないような。
 Yu-noちゃんだっけ、あのエルフの子、何者なんだろう。


 リメイク版のゲームに興味が出てきたけど、PS4持ってないんだよなあ。改めてゲーム機買うのもアレだし…

この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO #2 『並列世界構成原理』 - ニコニコ動画


 Rデバイスの使い方を試行錯誤したり、「400年周期説」の説明とか、今後への説明的な部分が多いな。
 義母の亜由美から研究データを奪おうとする男たちに挑むが、返り討ちに。ケンカのプロ強い、というか主人公弱い。何度もRデバイスを使用。こういうのの累積の後始末で苦労するのかね。


 今のところ、これはといった感じではないなあ。伝説的作品に敬意を表して見続けるけど。