熊本市現代美術館「小材啓治 私の風土記」展

 肥後の里山ギャラリーで見かけて印象に残っていた作家の個展。県北の装飾古墳をテーマにした作品と阿蘇を描いた作品が二大テーマといった感じか。荒々しく塗り重ねられた油絵の具が、装飾古墳のテクスチャー感と共鳴している感じ。
 バシャバシャ撮るのもどうかなあということで、気に入った二点を撮影。


 古代賛歌



 馬のいる古墳

熊本県立美術館分館「田中憲一『被災/レスキュー』展」

 二ヵ所目。熊本地震でアトリエが全壊して、遺されていた作品が破損した作品をレスキュー、その後修復された作品が展示されている。一月、倒壊した建物の中に取り残されていただけに黴びていたり、倒壊で画面が破れたり、カンバスの枠が破損したりしていたそうだが、展示作品は見たところそういう被害を受けたようには感じられない。修復技術すげえ。
 長らく御船町で美術教育に関わってきた人だけに、教え子が結集して遺作展とか、レスキューを主導したようだ。


 やはり、大画面のコンクール出展作が見栄えするなあ。
 廃船をテーマにした「廃船C」や「海の骨」が代表作と言っていいのかな。同じ船を、何度の描いたのかな。最終的に、美観を損ねると焼却処分されるまで、足繁く通ったそうだ。
 その後のテーマに選んだ動物画からは「野牛」が出品されているが、荒々しさというか、無骨さが印象に残る。


mifune-art.site

熊本県伝統工芸館「Kumamoto Prefecture Traditional Crafts ArchiveⅣ:The Craftsman:刀剣・人吉球磨刃物・高田焼・手漉き和紙」

 昨日見学の展示会を整理。第一弾は、伝統工芸館開催の本展覧会。Youtubeに公開されている、制作映像と合わせて、作品や製造工程を紹介する展示。日本刀の松永源六郎、人吉球磨刃物の蓑毛裕、高田焼の上野浩之、手漉き和紙の金刺潤平の四氏を紹介。


 そういえば、人吉球磨の鍛冶師の刃物は、柔らかい鉄材の間に刃用の硬い鉄をサンドイッチするのに対して、日本刀は柔らかい鉄材を芯にして、硬い鋼を周りに巡らせる、反対のやり方なのね。前者のやり方とばかり思っていた。


 入り口近くは「蓑毛鍛冶屋」の蓑毛裕氏関連。鍛冶道具を触れるのが興味深い。あとは、鞴の小型模型を動かして、風を送れるのが楽しい。柔らかい鉄材の中央に溝を掘って、刃用の硬い鋼を詰めた後、鍛造成形。焼き入れと戻しとか、研ぎとか。



 展示室左手前は「水俣浮浪雲工房」の金刺潤平氏関連。1984年創業と比較的新しい。水俣病患者支援運動との関連で開設されたらしい。文化人の書画と海外の伝統紙復元や熱帯雨林バイオマス利用に紙を作ってみたりといった支援活動の紹介が多い。こうしてみると、向き不向きはあれど、植物繊維さえあれば、紙は作れるのかねえ。ヨーロッパの昔の紙は、麻の古着を洗浄粉砕して、原材料にしていたそうだけど。異世界転生物で、紙を発明とかあるけど、紙製造のキーテクノロジーは、粘剤なのかねえ。
www.hagure.org


 展示室奥側は、「松永日本刀剣鍛錬所」の松永源六郎氏関連。打刀、太刀、長刀、直刀などの作品が展示。ここは、写真撮影可。ということで、撮りまくり。つーか、太刀と打刀の違いがいまいち分からない。展示では、刃が上向きが打刀で、下向きが太刀とわかるけど。歯の向きが違うと言うことで、茎の銘が入ってる側が違うようだが。








 奥側右手が、「高田焼宗家上野窯」の上野浩之氏関連。高田焼は、生地に文を彫り込んで、長石を充填する象嵌技法がいいんだよなあ。日奈久で取れる白土が白高田に、赤土が黒高田になって、ブレンドすると青磁になるそうな。
 ここは写真禁止だったので、気に入った作品列挙のみ。
 旅茶器の絵が好き。霞鼠遊合子「汀」と霞鼠花器は現代風の抽象的なデザインが目を引く。掻落蘭文茶碗、黒高田三島手鉢、黒高田竹文水指あたりが好み。
www.aganogama.jp

美術館ハシゴ

 本日は、小規模な展示会をハシゴ。県立美術館の細川コレクション展示室は、11日の市立博物館の企画展と一緒に片付ける方向で。
 伝統工芸館の「The Craftsman:刀剣・人吉球磨刃物・高田焼・手漉き和紙」、県立美術館分館「田中憲一『被災/レスキュー』展」、熊本市現代美術館「小材啓治 私の風土記」展と巡回。感想は明日以降に。
 ついでに、「第44回 水彩連盟熊本支部展」や「熊本市現代美術館収蔵品よりボリス・ミハイロフ《Case History》」も見学。前者は、ダンボールの真ん中の波板を並べて地図風にした作品が印象深かった。地図っぽいアート好き。後者は、熊本市現代美術館の収蔵品から。ウクライナ出身の写真家が、ソ連崩壊後のウクライナの姿を撮った写真作品。なんというか、社会体制の崩壊の後の荒れっぷりが…


 あとは、高橋公園で昼飯をしたためたり、本屋をハシゴしたり。思った以上に買い込んでしまった。
 美術館で美術展のチラシをごっそりゲットして、ついでに本を買いまくって、重かった。疲れた。


 熊本城天守閣。熊本西年金事務所前からと熊本県伝統工芸館入り口から。




 明午橋。橋のたもとの護岸工事は石積みが始まっている。あと、堤防のかさ上げのカミソリ堤が、だいたい、大甲橋・明午橋間で完成寸前と言うところか。




 熊本県伝統工芸館の裏側。40周年ということで、二階の階段前に建物紹介があって、井戸が再現されていると書かれていたので、入りこんでみた。ちょっとした広場スペースがあって、裏手は、一段下がって、旧坪井川河道に一歩近づく感じ。





 熊本城東郵便局裏手。熊本地震で相当ダメージがあったのか、けっこう補修跡が目立つ。



 石垣の石材置き場となっている、旧JT跡地を高橋公園から。

『ドイツ夜間戦闘機完全ガイド:Bf110/Ju88/He219』

 『ミリタリークラシック』誌の記事の再録本。ナチス・ドイツ夜間戦闘機の記事を集成したもの。とりあえず、He219ウーフーがかわいい。
 結論はモスキート夜戦最強ということか。レーダーの性能で格差があると、絶望的だよなあ。ドイツ軍はダイポールアンテナで飛行性能を低下させる一方、モスキート夜戦はフェアリング内蔵のレーダーで速度を維持できる。それでも、ウーフーは一矢を報いる可能性があった、と。一撃必殺の夜戦だと格闘性能は期待されないのだろうけど、モスキート夜戦の運動性能はどんなものだったんだろう。
 あと、対戦序盤のドイツ軍航空機の意外な遅さとか。


 Bf110はガチで単発単座戦闘機と戦うつもりだった機体。フランス戦までは、高い降下速度で互角に戦えていたけど、バトル・オブ・ブリテンでは護衛のため、自由に動けず一方的にやられることに。ここで、制空戦闘機としての運用を諦められて、襲撃機や重爆迎撃、夜間戦闘機に転用されていくことになる。ガチに戦闘機として戦うことを考えていたという点では、屠龍と近いかな。
 夜間戦闘機としては、戦闘機として作られただけに運動性は十分だったが、その分機体が過小でレーダーなどの追加装備での飛行性能低下が著しかったという。しかし、長距離戦闘機として構想されたわりに、航続距離が短いのが気になる。


 もう一つの主要機種がJu88の夜戦型。こちらは高速爆撃機として開発され、そちら方面でも主力を占めたが、高速を買われ、夜間戦闘機としても活躍。爆撃機だけに運動性能は劣るが、Bf110と比べて大柄な機体は、レーダーなどの追加装備を無理なく搭載できた。
 機首に乗員を集中しているのが、日本海軍の銀河みたいだな。機体の規模もほぼ同級だし、夜戦転用の構想も似ている。


 He219ウーフーは、専用機材として、最初から夜間戦闘機として設計開発された機体。それだけに使い勝手は良かったようだが。如何せん、生産数が200機強では、活躍がエピソード的に語られる程度だよなあ。なんか愛嬌のある飛行機だし、出撃すれば戦果を挙げやすい機体だったようだけど。
 ハインケルがナチ党員じゃなかったから冷遇されたのかもと書かれているけど、夜間戦闘機隊そのものが傍流だったろうから、生産機種の絞り込みを考えると、どうしても後回しにされるよなあ。ハインケルがヒトラーのお気に入りだったら、取り入って無理矢理リソースを引っ張ってこられたかもという点では、政治的立場が影響したかも知れないけど。


 夜戦エースも興味深い。もっぱらBf110を駆ったハインツ・シュナウファー、逆にJu88メインだったハインリッヒ・プリンツ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタイン=ザイン、両方に登場したヘルムート・レント、「ウーフーの育ての親」ヴェルナー・シュトライプと搭乗機の特色があるのだな。あと、だいたい、1910年代後半生まれが前線で搭乗する世代だったのだなあとか。

通院

 本日は薬をもらいに通院。久しぶりに、わりと快適な天候だったけど、それでも外に出ると風が冷たい。というか、西風が強くて、自転車が進まなかった。その分、帰りは楽だったけど。
 まあ、わりと待ち時間が少なくてすんだかな。
 しかし、今日はウインカーをまともに点けられない車がたくさんいて、不愉快だった。つーか、左折するんだったら、信号待ちの段階でウインカー付けとけよ…

寒い

 最強寒波来てます。
 朝方はけっこう気温高めだったのに、日中ガンガン下がっていく感じ。暖房付けていても、あんまり効いていないというか、冷気が入りこんでくる。
 継続的ではないが、時々雪が舞って、一度は吹雪のように。夕方から雪が積もり始めて、うっすらと地面が雪化粧。とはいえ、今晩もあんまり積もりそうもないし、太陽が出たらすぐ消えそうだな。